Never open doors   その30


9月 2日  凶雲   18:19

side 潤里/清良   place 保健室

 

久院さんに言われて隣のベッドのカーテンを、意を決して開く。

!!
一瞬見ただけで先生の状態が酷いのは明らか。
応急手当と言っても、こんな大怪我に対して保健室で出来る事なんて限られている。
せめて、身体の砂汚れを拭い感染症を防いで、出血している個所を止血し、骨折箇所を固定するくらいしか
出来る事は無さそう。

「久院さん、救急車は呼びましたか?」
「電話は通じないよ。 スマホも、そこの電話もね。」
溜息をついた久院さんが、痛みに顔を歪めながら言葉を吐き出した。
「そう、なんですか・・・ なら、久院さんを先に手当てします。 それから、先生の手当てを手伝って下さい。」
「うん。 わかった。」

久院さんの怪我も、決して軽くはなさそうだ。
骨までは到達していないけど、鈎爪で乱暴に皮膚を抉られた傷口は、多分・・・跡が残ってしまうだろう。
止血と消毒を施し、包帯で圧迫するように腰をぐるぐる巻きにする。
気休めだけど鎮痛剤を飲ませて、少しは楽になって欲しいと願う。

それから、わたくし達は二人で時間が経つのも忘れ、守口先生にできる限りの処置を施した。
なるべく早くお父様の病院に運ばないと、助かるものも助からなくなる。
怪我人が助かるか否かは、いかに早く治療を開始できるかに懸かっている。
私が生まれる前にこの山の崩落事故があった時の事を、お父様がそう語ったのを聞いた事がある。

「う・・・」
久院さんのでも、わたくしのでもない声が聞こえてハッと顔を上げる。
「先生!?」
真っ先に声を掛けた久院さんの表情は、硬い。

どうやら意識が回復したわけではなさそうで、無意識下でも全身を襲う苦痛に呻き声が漏れたのだろう。
「先生、しっかり!」
思いの外、久院さんが熱心に先生に呼びかけているのを見て、わたくしも先生に声を掛ける。

「こ、校長・・・」
うなされているだけなので声は弱く、口元に耳を近づけて聞き取ることに集中する。
「もう、留、が・・・や、め・・・」
荒い呼吸の合間に紡がれる言葉は聞き取りづらい。
「あ・・・つ、の・・・言いなりに、な・・・・・・やめ・・・」
先生の呼吸がどんどん速くなり、動かない身体を捩ろうと浮かべる苦悶の表情から、顔を背けそうになる。

「と・・・鳥、迎えの・・・鳥・・・シャ・・・うっ!!」
速くなった呼吸が仇になったか、先生の口元から微量の赤いあぶくが噴き出した。
どうやら肋骨が折れて肺を傷つけている可能性が高いようだ。
これだけの擦過打撲を負ってるのだから有り得る事だけに、そこまで言った先生が再び気を失ってくれたのは
幸いだったかもしれない。

でも、先生は一刻も早く病院に連れて行かないといけない危険な状態。
それだけは変わらない。

「鳳・・・」
不思議な程冷静に、久院さんがわたくしの名前を呼んだ。
「今の先生の言葉だけど、ここに、まだ誰かいるのかな。」
「え・・・?」

ガラッ!
久院さんの言葉の意味を問い質そうとしたその時、不意に保健室の扉が勢いよく開いた。
突然の事に身体が竦んだけど、警戒してそちらに注視する。

「ジュリ、クイーンさん!」
駆け込むように入って来たのがロミオと優緒さんで、わたくしはほっと胸を撫で下ろす。
しかし、尋常でない慌て様に安心してはいられない事を悟り、先生の傍を離れて二人を出迎える。

「潤里ちゃん、湖那、帰って来てない?」
呼吸一つ乱していないロミオと違って、同じ距離を走って来たにしては比べ物にならない程息も絶え絶えな
優緒さんが膝に両手をつきながら言葉を吐き出す。
「来てないけど・・・どうしたの、二人とも?」

二人の話をまとめると、図書準備室に隠し階段が現れたので調べたいけど、そこが真っ暗だとか。
用務員室から懐中電灯を拝借したいけどドアを開けるには湖那の持ってる鍵が必要だったので、保健室に戻って
来たかどうかを聞きに来たのだそう。

「『校長室の詩』が隠し階段のありか・・・ますます怪しくなってきたね、この学校。」
腰に手を当てながら、久院さんが少しふらつく足取りで隣にやって来た。
「懐中電灯なら保健室の備品が1個、棚にあったけど・・・」
わたくしは先程薬を探した時に見つけたのを思い出し、二人に告げた。
「1個かぁ・・・」
ロミオが残念そうに言った後、一転して顔を上げた。

「そうだ、僕一人で先に穴に入ってみるから、皆は湖那さんのとこ行ってから追いかけて来てよ。」
思いも寄らない申し出に、わたくし達はロミオの顔を見詰める。
「路美花ちゃん、またそうやって危ない事しようとする。」
優緒さんがいつになく強い口調で諌めようとするも、ロミオは飄々と往なして棚から懐中電灯を取りに
行ってしまった。
なんだか・・・こんなのいつものロミオじゃないみたい。

「しっ! 誰か、来る。」
誰かが廊下を駆けてくる足音が開けっ放しのドアの向こうから聞こえると久院さんが注意を促すので、皆と
わたくしは暗い廊下へと注意を向ける。


 

 

 

 

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