Never open doors   その32


9月 2日  凶雲   19:40

side 潤里/優緒/清良/空知   place 校庭

 

空知さんに案内され、私達は今日校舎に入って来た時に開けたドアに再び手を掛ける事となった。
校長室の横の渡り廊下へ出るドアは、その時と同じように小さな軋み音を立てて外側へ開く。
収まらない盛夏の夜の気温が襲い掛かって来て、それがなんだか少し、懐かしくすら感じられた。

やけに温く淀んだ空気が全身に纏わり付くようで、それが雨上がりだからなのか、それともこの場に存在する
怪異を恐れる本能が感じているものなのか、分からなくなっている自分が自分を嫌悪しているのかもしれない。

校門の方を見遣れば、相も変わらずキチガイじみた形の黒い化け物鳥が身動き一つせずに突っ立っている。
その姿を見るだけで・・・ 背筋が震える怖さというよりは、脳が掻き回されるような恐ろしさを覚える。
私は出来るだけそれを意識しないよう、早足で空知さんの後を追う。
すぐ後ろには潤里ちゃん、それから少し離れて足を引き摺っている清良さんがついてきている。

「あ、ねぇ、見て!」
体育館の角で、空知さんが声を上げて立ち止まった。
私と潤里ちゃんが指差された先を見ると、そこにあるマンホールの蓋が外されて大きく口を開けていた。
体育館の校門側の入り口に植えられたアカマツの木の横にあるマンホールは、先程図書準備室で見た穴を
想起させるけど、こちらは覗き込むと既に内部に明かりが灯されている事が分かった。

「岩佐さんは、この先に・・・」
ぽつりと呟いた空知さんが地面に手をつき、真っ先に未知へと続く穴へ脚を差し入れた。
空知さんの頭が、徐々に竪穴の中へと消えて行く。
私は潤里ちゃんと小さく頷きあってから、降下を始めるべく身を屈める。

明かりが灯っているとはいえ、拭いきれない暗闇が所どころある穴を、次のステップを足で探りながら
ゆっくりと降りて行く。

そういえば・・・
『いちばんひだりの あかまつに』
よくよく考えてみればこの場所も『体育館前に植えられているアカマツの木の一番左』のすぐ横。
『いのちのともしび あいまみえん』
これはもしかしてこの穴を照らす頼りない灯りか、それとも私達生きている者が来るという事、かしら?
思い過ごしかも知れないけど、また、『校長室の詩』に当て嵌める事が出来る・・・

そんな事を考えながら、いつの間にか結構な距離を下りてきた事に気付かされたのは、梯子状のステップが
終わり、平坦な床に降り立って上を見上げた時だった。
まだ二人が梯子を降りて来ている穴の入り口は、既に天上の月のような大きさで、これから進もうとしている
先は人が並んだら歩けそうにない細さの下り勾配になっている。
壁には工事現場で使われるような粗末な覆いが付いた裸電球が灯されているので進む事は出来そうだけど、
この先に校長先生が何を考えて待ち受けているのかと思うと、言い知れぬ不安がこの先から吹き付けてくる。

「よっ・・・と。 さぁ、行こう。」
潤里ちゃんの後に降りて来た清良さんに促され、全員が頷いてから降りてきた順番で細道へ入っていく。

・・・・・・・・・。

   ・・・・・・・・・。

 

「あの、久院さ・・・」
後ろで潤里ちゃんの声がして振り返ると、清良さんは自分の口元に人差し指を当ててそれを制していた。
潤里ちゃんが気にしているのは、たぶん路美花ちゃんの事。
今日だけじゃない。
いつだって一緒に居る上に、好きなんだから気になるのは当たり前よね。
でも確かに、言われてみれば姿が見当たらない。
清良さんが言わせないようにしているのを私も察して、何食わぬ顔で前へ向き直る。

「どうしたの?」
先頭を行く空知さんがこちらに首を巡らせて尋ねる。
「あ、いえ。何でも・・・」
壁の電球が放つ光の当たり具合か、空知さんの長い前髪に遮られた顔半分がちらりと不気味に見えた。
ゾクリとした物を感じつつ、私は後続を時折振り返りながら通路を進む。

「空知さん。 岩佐さん、無事だと良いわね。」
圧迫感のある通路を無言で進むのが居た堪れなくて、何となく尋ねてしまった。
「そう、ね。」
空知さんは、振り返る事も無く、ただ返事だけをした。
しまった。 彼女の心境も考えずに言ってしまったのは、良くなかったかもしれない。

「湖那とは、校長室で何を話していたの?」
私は慌てて話題を変える。
「岩佐さんの留学の話とか、この学校で異変が起こってるって話よ。 ほんの5分程度だったから、あんまり
沢山は話せなかったけど・・・」
私の質問に、空知さんはやっぱり振り返らないまま淡々と答えを返す。

通路はかなりの長さを真っ直ぐ進み、途中で何度も折り返しながらさらに深く下っていく。
『くりゅうのからだ とぐろをまいて』
龍の身体のように細長い通路が、とぐろを巻くように何度も折り返している。
これも『校長室の詩』・・・。
私が方向感覚を失っていないなら、多分校庭の下を進んでいるのだろう。
どれだけ進んでも景色が変わらないというのは、焦りと不安に変わる。
本当に目的地に向けて進んでいるのか、それとも、何処へとも知らない場所に出てしまうのか。

そして、ここが本当に『校長室の詩』に準えた場所だというなら、最後の一行『うちゅうのはて』が何を
示しているのかが気になる。

けど、ただ、今はこの道が湖那へ続いているとだけ信じて・・・


 

 

 

 

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