Never open doors   その33


9月 2日  凶雲   19:55

side 路美花   place 図書室地下

 

クイーンさん、怖いです。

自分で言い出した事とはいえ、実際に来てみると真っ暗闇に一人というのは、怖い。
頼みの綱は手元の懐中電灯一つだけで、怖い。
しかも足元はいつ終わるとも分からない螺旋階段で、吹き抜けの中央部分へ足を滑らせでもしたら・・・ 怖い。

僕は慎重に、一段ずつ、確実に、降りて行く。
石造りの壁にこだまする僕の足音以外には物音ひとつなく、灯りに照らされた箇所以外には何も見えない。
ともすれば、立ち止まりそうになる脚を懸命に次の石段へと踏み出す。
そう、こんな場所で足を止めたら、もう二度と前へ進めなくなってしまいそうだから。

校舎に居た時よりも涼しく、やや湿り気の強い空気が停滞している真闇を、どのくらい降りたのか。
LEDの光が伸びた先が平面になり、緊張を一つ乗り切って出た溜息がはっきり聞こえるほど大きく響いた。
その時、手元で揺れた灯りが偶然照らし出した物に僕は気付いた。
真ん中に目のついた星模様が描かれた蓋が印象的な、箱・・・?
冷たい石の床に膝をつき、ひっそり置かれていたお煎餅でも入っていそうなブリキ缶を、開ける。

古びたそれに入っていたのは何枚かの紙で、僕は懐中電灯を腋に挟んで光を固定して目を通す。

『これを読んでいる人がいるという事は、おそらくこの学校に何か途轍もない異変が起きているはずだ。
もしそうでないなら、今すぐこの紙を元に戻し、学校に戻って欲しい。   権田 義治』
1枚目の紙には、ただそれだけが書いてあった。
つまり、僕はこれを読むべきなんだと確信して、その紙を束の一番下に回す。

それから何枚か白紙が続き、めくって行くうちに文章が書かれた紙に到達する。
『この通路は、先代、つまり初代校長が作ったもので、この呪われた学校そのものを表していると言える。』
本文の初めからゾクリとするようなフレーズが書かれていて思わず背後を振り返ったけど、もちろんそこは
何も無い、闇だけ。
先代って書いてある事は、この権田という人は2代目の校長のようだ。
つまり、この文章はこの学校が30年前に出来て、次の校長先生になった後に書かれたものなのだと思われる。
『先代校長が学校を建設する時に作ったこの通路はどうやらアレの気に入らなかったらしく、開校後間もなく
下水工事を装い体育館の傍に地下室への新たな入り口が作られた。』
アレ・・・? アレってなんだろう、いや、誰だろう。
それはよく分からないけど、この先は地下室で、体育館の傍に入り口がもう一つあるらしい。

『学校の繁栄を願う為に生徒を犠牲にするなど、絶対にあってはならない。 にもかかわらず、先代はアレの
甘言に惑わされて大事な生徒を留学に送り出してしまった。 許されざる罪を背負った先代はそのまま正気を
失い、アレに命じられるまま音楽の才能のある生徒を今また、留学させようとしていた。』
『留学』・・・
図書委員の岩佐さんの『留学』も、この『留学』と同じものなのだろうか。
生徒を犠牲にする、留学。
本当にそんな事があったなら、とっくに世の中に広まってるし、そもそも学校が存続できないはずじゃ・・・
あまりに突拍子もない内容に、読んでいても、とても意味が理解できない。

『私は大雨のあの日、学校の様子を見に来た先代を土砂崩れでの事故に見せかけて殺してしまった。
だが、こうするしかないと思った。
これ以上、アレの為に生徒を犠牲にするくらいなら、私は人を一人殺した汚名を着てでも守りたかった。
学校を、生徒を、この世界の未来を。』
そんなの・・・本当に正しいのか、僕にはわからなかった。
ただ『人を殺す』という大それた事を正当化しようとする態度が、握った紙に力を籠もらせる。

『私は、その後も続いたアレの破滅への誘いに対抗すべく、世界中に残る文献を探した。
そもそもアレが何なのか、何処からやって来たのかすら定かではないのだ。
我が校に繁栄をもたらし、生徒の学力・感性・能力を向上させる力を持つなど、まやかしだ、あり得ない。
決してアレを信じてはならない。』
権田さんの心を表しているかのように、書かれている文章の筆跡が急激に荒れてきた。

『間もなく私は定年で退職しなければならないのが、残念至極、無念断腸の思いだ。
在職中に、できればアレを永遠に遠ざける方法を見つけたかった。
私は退職後も、命尽きるまでアレに立ち向かうと決意している次第だ。
次に校長になる岩下君にも、この事は代々校長だけの秘密とし、決して負けてはならぬと伝え行くよう
固く誓わせた。
願わくは、それまでにアレの誘惑に屈する者が現れる事の無きように。』

 

なんだかよく分からないけど、少なくとも悪戯やドッキリでない事くらいは理解できた。
そうでなければ、学校にこんな場所がある理由にはならないし。
『人を殺してでも守りたかった、学校、生徒、世界の未来』
・・・大きな話になってきて、実感も湧かない。

ただ、僕が思える事は一つだけ。
こんな事は、起こっちゃいけない。

僕はその置き手紙をポケットにねじ込み、立ち上がる。
通路はまだ続いているから。

僕が向けた懐中電灯が照らし出した先は20メートル程で行き止まりになっていた。
よく見ると足元には人が一人通れるくらいの大きさの穴を塞ぐように、取っ手の付いた円形の蓋がされている。
『穴を塞いでいる』と判ったのは、その隙間からうっすらと光が漏れていたからだ。

この先に、何かが、ある。

僕は意を決して、音を立てないように、そっと蓋を、ずらした。


 

 

 

 

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