Never open doors   その34


9月 2日  凶雲   20:01

side 潤里/優緒/清良/空知   place 地下通路

 

通路の行き止まりが扉になっているのを見つけると、優緒ちゃんは空知を押し退けて先頭に出て走り出した。
「湖那! 岩佐さん!」
その先にいるであろう人物の名を叫びながら勢いよく扉を開け、その先へと身を踊らせる。

鳳とあたしも、扉の先の光景を見て立ち止まってしまったのであろう空知を壁に押し付けんばかりの勢いで
乗り越えて優緒ちゃんの後に続く。
そして見た、光景に、あたしも、優緒ちゃんも、鳳も、言葉を失った。

 

部屋はがらんとした空洞で、大きさは教室の半分にも満たないほど。
天井に設置された黒く、不気味で、何をモチーフにしているのかもわからない歪んだ電飾が、通路よりも
部屋の中を暗く見せている原因なのだろう。
真ん中には白い布が掛けられて腰ほどの位置まで盛り上がった部分があり、一人の人が横たわっていた。
その人物の頭には、今朝見たのと同じ水玉のリボン

「岩佐さん・・・」
ぽつりと声に出した優緒ちゃんも部屋の空気に飲まれたのか、それ以上足を進める事が出来ないでいる。
『も』・・・ そう、あたしも、部屋に入ったきり、まるで動けない。
何も、押さえるものなど無いはずなのに、全身がこの場所の禍々しい空気を拒否しているようだ。

それでも、あたしの視線の先にはさらに二人の人物が見えている。

「軽手、さん・・・」
一人は、壁から伸びた鎖に拘束されたまま身動き一つせず項垂れたままの、湖那。

そしてもう一人は・・・

「君達か。 さっきは私の使い魔を、よくも閉じ込めてくれたね。」
今度は、胴体が犬じゃない、本物の、校長。 ・・・仁志本校長、だ。

「校長先生! 犬にされたんじゃなかったんですね。」
もうとっくにわかっているはずなのに、鳳がそう発言したのは、わざとなのだろうか。
「あまり理解力が無い生徒のようだな、君は。 あれは美術室の剥製に、私が山犬の魂を呼び寄せて封じた
ただの使い魔だよ。 まぁ、偶然、素敵な外観になってしまったようだがね。」
本気とも冗談とも取れない笑いを浮かべながら、校長は授業でも行うかのように説明した。
ただ、使い魔だとか、魂を封じるだとか、とても授業で話すような内容じゃない事は間違いない。
そもそも、本気でそんな事を言ってるのかと思うと、可笑しくて苦笑いすらも出て来ない。

・・・こんな状況じゃなければ、ね。

「校長、岩佐さんに、何をするつもりですか? それに、湖那を、返して下さい。」
優緒ちゃんの声が、どちらかというと後半の方が強く感じられたのは気のせいだろうか。
「わかったわかった、落ち着きなさい。 質問には一つずつ答えようね。」
やんちゃな生徒に諭すかの如く、校長は両手で鎮めるジェスチャーをしながら平然と答えた。

「まず最初の質問だが、岩佐君はこの度、栄えある我が校の『留学生』に輩出されたのだ。これは大変名誉な
事なのだよ。 優秀な生徒でなければ受け入れ先に申し訳ない上に、我が校の看板に傷がついてしまう。」
言ってる事は尤もだけど、地下室で眠らせるような状況と留学なんて、どうにも結びつかない。
「では、次の質問だね。 彼女は確か新聞部の軽手君だったね、覚えているとも。 本来なら廃部のはずなのに
たった一人で存続のために頑張ってくれた子だったね。 うんうん、そのガッツは皆大いに見習って欲しいね。」
明らかにはぐらかした返答を、大袈裟に頷きながら校長はのたまう。

「さて、他に何か質問はあるかね? 見ての通り留学に向けて忙しいんだが。」
いい加減、イラつき始めたあたしの表情に気付いたのか、校長はニヤリと唇が歪んだままこちらを見回す。
「はい、校長。」
怒りに任せて怒鳴りそうなのを堪えながら、あたしは挙手して指名を促した。
「何かね?」
「岩佐さんは、何処へ留学するんですか? 我が校には、海外に姉妹校など無かったはずですが。」

あたしの質問がツボだったのか、校長は再び大きく頷くと「良い質問だ」と声を張り上げた。

「岩佐君が留学する先では、我々ではそうそう知りえない宇宙の真理に触れる事が許されたのだよ!それが、
何故か分かるかね?  いや、分からんだろうとも。  そもそも分からないのは君達や私だけではない、
この地球上に生きとし生ける者の殆どは、偉大なる、そのお方の、存在自体すら知らないのだからな。」
この距離でも判別できる程、自分が操る言葉に酔い痴れて行く校長の表情は、先程の校長犬の憤怒の相よりも
遥かに醜く、傲慢で、唾棄に値する下衆な考えに染まりきっているように見える。

「形無く、知られざるお方! 無限の中核に住まう原初の混沌! この宇宙の支配者であらせられるお方!
イア! そのようなお方の元に赴き、宇宙の叡智を学び! イア! 我が校の発展と教育に寄与するのだ!」

胸の奥がむかむかしてくる。
血走った眼から涙を流しながら己の吐き出す言葉に恍惚としている校長は、あたし達の知ってる仁志本校長とは
似ても似つかない狂人へと成り果ててしまったようだ。

優緒ちゃんも、鳳も、言葉を飲み込んだまま全く動けずにいる。
あたし達の理解を越えた言動と、校長の悍ましいまでの顔つきが、そうさせているのだ。
「さぁ、これ以上は君達に何を言っても時間の無駄だろう。 『這い寄る混沌』様、今回の我が校の代表である
岩佐君を、どうかあのお方の元へとお導き下さいませ。」

『這い寄る混沌』・・・
そう呼ばれた人物は、校長の視線の先に、ずっと前から佇んでいた。


 

 

 

 

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