Rainy pink その3

「でもよかった。お姉ちゃん。」
海佳は空になったカップをテーブルに置くと、ぐるりと部屋を見回す。
「ん?なにが?」
嬉しそうに私に視線を戻した海佳に真意を伺う。
「えー、うん、お姉ちゃんに変な彼氏とか出来てなくて、良かったなぁって・・・」
自分が言ったことに対して、海佳は少し顔をしかめる。
「あっはは。何言ってんの。海佳がいるのにそんなの作るわけ無いじゃない。」

「うん・・・それはそうなんだけど・・・」
浮かない顔の海佳がそっと立ち上がって私の後ろに座り、ふわりと背中に抱きつく。
半日学校に通った上、1時間以上も掛けてここまで来てくれた海佳の甘い香りが
制服に染み込んだ実家の匂いとともに私の胸を締め付ける。

「お姉ちゃん、あたし怖いんだよ・・・。
いつか、お姉ちゃんが誰かに奪られちゃうんじゃないかって。
自分の意志以外のせいで引き裂かれちゃいそうな気がして・・・
ねえ・・・大丈夫だよね?離れてても、心まで離れたりしないよね?」
抱きしめる腕に力がこもり、背中に押し付けられた海佳の頭が震えているような気がする。

海佳・・・
私は、なんと罪深い恋をしてしまったのだろう。こんなに私を慕う子を、愛しているのだから。
可愛い・・・海佳、可愛い・・・
海佳の方に向き直り、しっかりと目を見つめてから口付ける。
お互いに背中に手を回し、何度も唇を重ねる。
さらさらの長い髪をなでながら、唾液を呼吸ごと吸いだす。

「ん・・・当たり前じゃない。私は、海佳がいいんだから。」
胸が苦しくなるほど海佳の愛を吸い取り、その分だけ顔中が熱くなってしまう。
「お姉ちゃん・・・ふぇ・・・ひっく・・・」
うるうるだった瞳から遂に洪水が起こり、私の胸に顔を埋めて、海佳が想いを吐き出す。
頭と背中を撫でながら頭頂部に頬を寄せると、やはりあの頃の熱情は無くしてなどいなかったことに気づく。

私はね、海佳が生まれたときから好きだったんじゃないかな。
何をする動作も可愛くて、いつも私についてきて、一緒に遊んでた。
物心付いた海佳は、危なっかしくて目が離せなかった。
学校に行くようになって、同じ学校の中なのに離れていることがふと気がかりになったりした。
「海佳・・・好きよ。この気持ち、離れたりしないから。だから、泣かないで。」

クラスの男子4人に囲まれていじめられてるのを、私が全員コテンパンにやっつけたこともあったね。
私が明進中学に進学したとき、絶対同じ学校に行くって小4から受験勉強しだしたの、覚えてるよ。
あの頃はもっと高いレベルの学校に行けるとも言われてたのに、一点志願で見事合格。
そして去年の、海佳の告白。
「お、お姉ちゃん・・・嬉し・・・ひっ・・・」

驚いたけど、不思議は無かった。
だって、私も海佳を好きだから。
他の人に渡したくないから。
気にせずにいられないから。

「海佳・・・」
優しく名前を呼ぶ私に、再び唇を求めて海佳が顔を上げる。
私の微笑みは、許可の証。
唇がくっつき、反発しあう感覚。
頭と胸の奥に暖かさが湧き上がり、重ね合う度に苦しさと熱さが高まってくる。

肩に置かれた海佳の手が、二人の間に距離を作って、私の頭は床に受け止められる。
後頭部に束ねた髪の位置が邪魔で首を傾けざるを得ない。
そうして出来た私の隙を突き、海佳の指先が私の頚動脈を探り当てて爪でなぞる。
「んっ・・・」
ぴくんと頭が跳ねて、薄暗くなってきたカーテン越しの逆行を受けた海佳が妖しく微笑む。
海佳が、私に、馬乗りになる。

私の顔の両側に長い髪でもう一重、世界とのカーテンを引いて見つめ合う。
「お姉ちゃん・・・」
どこか遠いところから、良い子はおうちに帰る時間を告げる音楽が流れてきて、
それでも帰らない海佳は、良い子ではなくなってしまった。


 

 

 

 

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