Rainy pink その5


「浜崎さん。こんばんは。」
はーいと言いながらドアを開けた私の前には見慣れた姿。
隣室に住んでいる、沢渡 律子さん。経済学部2年で、経営の勉強をしてるとか。
派手な人では無いけど、長い黒髪と化粧っ気のないすっきりした顔に掛けた赤いフレームの眼鏡だけは印象的。
「あー。律子さん。どうしました?」
大人びていない微笑を浮かべながら、ホーローの鍋を私に差し出す。
「カレー作り過ぎちゃったんだけど、良かったらまた食べてもらえないかな?」
律子さんは料理が得意で、しかも作りすぎることも得意。
食材を半分残すということが出来ないそうだ。

「いつも自炊してて偉いですねー。私も見習わないとです。」
私は、料理自体苦手という訳ではないけど、面倒だと思ってしまうタイプ。
やれば出来る子なのにやらないだけ。
「そ、そんなことないよ?料理するの好きだし、誰か食べてくれれば作り甲斐にもなるし。」
ふーん。食べてくれる人がいるんだ。律子さんには。
言ってから照れたのか、律子さんが少し顔を背ける。
「それでも余るなら、頂きますよ。いつもありがとうございます。」
小さく頭を下げてお礼を述べる。
「いーのいーの。じゃ、よろしくね。」
空いた手を小さく振って、律子さんはぺたぺたとサンダルを引きずりながら通路を戻っていった。

パタンと玄関を閉め、ガスコンロの上にカレーを置いて海佳の元へ急ぐ。

「きゃっ☆」
着替える為か、スカートを下ろしていた海佳が私に驚いて小さく悲鳴を上げる。
「あ、ご、ごめん。」
とっさに謝る私を、少し屈んだ姿勢から見つめ続ける海佳の視線に違和感を覚える。
さっきまで普通に制服のまま出掛けようとしてたのに、何で脱いでるわけ?
3秒ほど考えて、私が出した結論は・・・

「脱ぐ必要ないじゃない。」
「てへ☆バレた?」
可愛く舌を出す海佳はいそいそとスカートを履き直す。
まったく、ドッキリを仕掛けてくるなんて。と、心の中では小さく微笑む。

「ねえ、海佳。」
「なに?お姉ちゃん。」
「今、お隣の先輩がカレーくれたんだけど、ご飯なら冷凍したのあるし、それでいいかな?晩御飯。」
海佳の好きなものランキングトップ5に入る好物なのに、海佳の表情が険しくなる。
「やだ。」
「海佳・・・?」
スカートのホックをとめてファスナーを上げた海佳が私に詰め寄る。

「その先輩って、女の人でしょ?」
「う、うん。そうだけど・・・」
「やだよ。そんなの!あたしが食べたいわけ無いじゃん!」
怒った様な、悲しい様な、悔しい様な、負の感情が全て詰まった顔で訴える。
「海佳・・・」
「あたしの知らない人の手料理なんて、それ食べてる間のお姉ちゃんは、少しでもその人のこと考えるでしょ?
そんなお姉ちゃんの顔見ながら食事なんて、あたし、やだよ・・・」
見る見る間に海佳の目から大粒の激情が溢れ出す。

考えすぎだよ、海佳・・・
でも、そんな甘えん坊さんの気持ちも、わかる。
「そだよね。ごめん。そこまで考えないまま言っちゃった。」
海佳の頭を胸に抱きしめ、震える身体を受け止める。
「じゃ、カレーはなし。ファミレスでも行こっか。好きなもの食べていいから。」
せめてもの罪滅ぼしに、私の抱きかかえた頭がもそりと縦に動く。
「さ。私も準備するから、ちょっと待っててね。」
もう一度小さく頷いた頭は、それでもなかなか離れて行こうとはしなかった。


 

 

 

 

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