Rainy pink その7


「海佳ー。出たよー。」
水色チェック柄のバスタオルに身を包み、脱衣場のドアを開けてリビングへ戻る。
「んー。」
海佳は、私が昼間買って来てテーブルに置きっぱなしにしていたポッキーを勝手に開けて
その1本を口に咥えながら、アザラシのポーズでテレビを見ていた。
「こらー。制服が皺になるぞー。」
ドライヤーのプラグをコンセントに差し込みながら注意すると、海佳は大儀そうにのそりと起き上がる。
「ふぇーい。」
さっきよりも更にだらけた返事を返した海佳は、ポッキーを口に押し込んで鞄の中身を取り出す。

「そいじゃ、入ってくるね。」
「うん。」
ドライヤーの温風を髪に当てながら、海佳を見送る。
つけっ放しになっているテレビは、バラエティ番組が終わってドラマになっていた。
一人でいる時の、あのだらしのないテレビの観かた。実家にいた頃そのまま。
懐かしく感じる程時は過ぎていないのに、小さく唇の端が持ち上がる。

ピンポーン
玄関の呼び鈴が、ふと私を現実に引き戻す。
こんな時間に誰だろう?
私は小走りに玄関へ向かい、ドアスコープを覗く。
魚眼レンズの向こうには午後のデジャヴとも思える景色。
私はチェーンを外してドアを開けた。

「あ。律子さん。どうしました?」
「浜崎さ・・・」
律子さんは、挨拶の途中で言葉を止めると目を丸くして固まる。
「あ、あの・・・」
「・・・?」
私の頭から下まで視線を走らせた律子さんは、足元に視線を止めたまま顔を上げない。
「あー。ごめんなさい。お風呂上りだったので・・・」
「ご、ご、ごめんなさい!やっぱり明日にするわ!」
私の言葉もそこそこに、律子さんは転がるように自宅へ戻って行ってしまった。

うーん。こんな格好で出たから驚かせてしまったのかなぁ。
申し訳ないことをしてしまったと思いながら、玄関を施錠して部屋へ戻ろうとすると
脱衣場のドアがバッと開いた。

「お姉ちゃん!!」
今のやり取りが聞こえていたのか、下着姿のままの海佳が飛び出してきて、険しい顔で私を睨みつける。
「う、うぇ!?」
驚いた私から変な音が出た。
「何でそんな格好で玄関のドア開けたわけ!?」
ビシィッと音がするほどの勢いで私に人差し指を突きつける。
「べ、別に、律子さんだったし、居留守使うわけにも・・・」
私の反論など聞く耳持たない海佳の目には、今日何度目かの涙が湧き上がってくる。
「ダメッ!!そんなの絶対ダメなのっ!!」
肩の位置に両拳を握り締め、キッと眉を上げる海佳は、怒りに小さく震えているようにも見える。

「ご、ごめん。気をつけるから・・・」
「ホントに!?わかってる!? そんな格好、他人に見せるなんてダメなんだよっ!」
確かに、さっきの律子さんのリアクションは然り。これは失礼だったと思ってる。
「うん・・・ごめん。」
小さくなった私の声を気にしたのか、私に駆け寄る海佳が心配そうに私の顔を覗き込む。
「お姉ちゃんは可愛いんだからさ、もっと自覚してよ・・・ 誰が変な気起こすか分かんないんだから・・・」
そういう理由かどうかはともかく、反省している。
「うん・・・もうしない。」
「じゃ、約束。」
私たちの、約束の儀式。
そう言った海佳に、小さく口づけをする。

「ん。許してあげる。」
微笑んだ海佳は私の頭を1回撫でて、再び脱衣場の扉の向こうに姿を消した。
「・・・・・・。」
実家にいた頃は、海佳がこんなに怒る姿を見たことがなかった。
でも、好きな者同士だもん。
こういう事もあって、より深い愛が生まれると思えば、なんて不謹慎かな。
私は、お風呂上りの海佳の機嫌を取るためのアイテムが冷蔵庫に入っていることを思い出しながら、
ドライヤーを掛けに部屋へ戻ることにした。

 

 

 

 

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