Rainy pink その8


「はい。もう乾いたよ。」
「ありがと。お姉ちゃん。」
お風呂から出てきた海佳の髪をドライヤーで乾かしながらブラッシングし終えて、私はプラグを抜いて片付ける。
さらさらの長い髪は美しく、白い肩と対比的な濃茶色のヴェールを掛けたよう。
私だって負けるつもりはないけど、このところ気に掛けていなかった毛先は何ヶ所か跳ねている。

「ねえ、お姉ちゃん。」
「んー?」
鏡台の引き出しに向かう私が顔を上げると鏡越しに、花柄のバスタオルに身を包んだままの海佳が
ハンドクリームを塗っているのが見て取れる。
「今日はさ、なんかウチにいる時と違って、いろいろあった気がする。」
確かに、私が一人暮らしを始めてから一番、嬉しくて、慌しくて、驚いて、呆れて、謝った日だった。
「そうだね・・・」
めまぐるしかった一日があと残り数時間と思うと、3ヶ月なんてこれっぽっちだったと気づく。
過ぎ去った時間よりも、今を大事にしたい。
海佳と過ごせる、この時間を・・・

「それにね、判ったことがあるの。」
海佳が鏡越しにこちらにやってきて、そっと私の背中を抱きしめる。
「なに?」
すぐにパジャマとバスタオル越しの、海佳の温かさが伝わってくる。
「あたしは、お姉ちゃんが好き。」
後頭部に、海佳が自分の頭を預けたのが重さで分かる。
海佳の安らかな笑顔を想像すると、自然と私の顔も微笑んでしまう。
「それがどうして判ったか、教えてあげよっか?」
私のお腹に回された海佳の手に、自分の手を重ねる。
「うん。」

「私も、海佳を好きだからだよ。」
言ってしまってから、自分の顔がボッと一瞬で熱くなったのに気づく。
とても顔を上げて鏡を見ることなどできない。
「そっか。えへへ。」
海佳は嬉しさからか、ぐいぐいと身体を何度も私に押し付ける。
「ほら。早くパジャマに着替えなさい。風邪引くよ?」
そう言って海佳を離そうとするが、一向に退く気配は無い。

「どうせ脱ぐんだから、着る必要ないじゃん。」
その宣言は、私の中に渦巻くものを解き放つ鍵だったに違いない。
熱情が私を支配し、胸の奥を焼き焦がす。
「久しぶりだから、どうなっちゃうか分かんないよ?」
「いいじゃん。どうにでもなっちゃお。」
小悪魔の囁きが、私の後頭部から入ってきて脳の中で踊った。
「ふふ。言ったなー?」
私はそのまま海佳をおんぶして立ち上がると、ふと懐かしさが過ぎる。
夕方、遊び疲れた海佳を背負って帰ったことは数え切れないほど。

先程まで気持ち良さそうにベッドを独り占めしていたテレビのリモコンを摘み上げ、
電源ボタンを押して部屋を静まらせてから放り投げる。
それから私は、ゆっくりと、背中から海佳を布団の海・・・いや、池に下ろす。
見つめあう視線を外さぬまま、私は海佳に馬乗りになって唇を重ねる。
目を閉じる海佳の嬉しそうな顔が、スローモーションに見えた。

繋いだ両手とも、指を絡ませてお互いの存在を確かめ合う。
その指にこもる力も、触れ合う頬の熱さも、それが相手を想う気持ちの強さだと思うと胸の奥が苦しくなる。
「海佳・・・」
唇を1センチだけ離して、その想う相手の名前を呼ぶ。
「お姉ちゃん・・・」
そのまま想いが返って来るのが嬉しくて、再び私は唇を1センチ近づけた。

 

 

 

 

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