Rainy pink その13


翌朝。

雨はまだ止んでいなかった。
しとしとと、小雨ながら降り続いている。

昨夜、そのまま寝てしまって浴びることが出来なかったシャワーを浴びてから
トーストとスクランブルエッグ、野菜ジュースで手早く朝食を済ませて、海佳を送るため家を出た。
駅までは歩くと20分以上掛かる。
普段ならバイクで行くところだけど、海佳がいて雨ともなればそれは叶わない。
それに海佳は元よりそのつもりがなかったようで、自分の傘を差さず私の傘に入って歩いている。
傘の柄を持つ私の手に重なる、海佳の手の温もりと柔らかさが心地よい。

日曜日の、もうお昼になろうという時刻にも拘らず、駅周辺には人の姿があまり見当たらない。
海佳とお互いの学校の話などしているうちに、いつの間にか着いてしまって足が止まる。
雨の中にたたずむパステルブルーの傘の下で、先に口を開いたのは私だった。
「じゃあ、明日試験が終わったら帰るから。」
入り口の屋根の下まで移動し、傘を畳みながらそっと海佳に告げる。
「うん・・・」
その表情は、私が大学生活を始める日に見送った時と同じ。
「そんな顔しないの。明日帰るんだからさ。」
駅改札へと続くエスカレーターに海佳を先に乗せると、すぐに私のほうを振り返る。
背中に手を回さないまでも、私の肩に額を付けて込み上げるものをこらえている。
「必ず、絶対、帰ってきてね。」
「当たり前じゃない。そんな、戦争に行くんじゃないんだから。大げさだよ。」

エスカレーターを降り、少し歩けば改札はもうすぐ。
少し人目が気になってきた私は、寄り添う海佳の肩をそっと押して微笑みかける。
「お父さんとお母さんに、明日帰るってちゃんと伝えてね。」
無言で、海佳が首を縦に動かす。
「さ、もうすぐ特急来る時間だから。」
その言葉に、海佳が仕方なさそうに歩を踏み出す。

「じゃあ・・・また明日。ね。お姉ちゃん。」
私の顔を伺うように覗き込みながら、小さくしばしの別れを告げる。
「うん。気をつけてね。」
やっと言葉を発した海佳に少し安堵し、小さく手を振ってその場を去ることにした。
下りエスカレーターの前でふと振り返ると、海佳は券売機のところでこちらをずっと見つめていた。

 

 

私が駅ビルから出てしばらくの後、高架の上で特急電車が発車した音がした。
その音を聞き届けてから、夕食の買いだしの為に、隣のスーパーへ向かう。
私一人の生活空間に足りなかったものを突然埋めて、そして、もっと大きな穴を開けて帰っていった海佳。
空いた店内を、特に当てもなくショッピングカートを転がしながら彷徨う。

いつの間にか来てしまったお惣菜コーナーは、いつもと同じ匂いで私を出迎えてくれる。
昼前後の増客に向けて生産中なのか、慌しく行われる品出しに撹拌される空気で胸焼けしそうになる。
ちゃんと帰れたかな、海佳。
そんなことをふと考えてしまって、苦笑いが浮かぶ。
子供じゃあるまいし、帰れるに決まってる。なのに、心配になってしまう。
だめだめ、私。心配なら、明日の試験のことが優先!
そう言い聞かせ、小さく頭を振って気分を切り替えることにした。

明日帰ることを考え、水や生活用品を買い、袋の中の食料はスーパー名物のキャベツメンチだけ。
つけ合わせが最初からメンチカツの中に入っているという合理的なこの食品は、最近のお気に入り。
スーパーの外に出ると、若干、雨が強くなってきていた。
屋根の下で小さく溜息をつきながら傘を開こうとした時、不意に後ろから声が掛かった。

「あれ?浜崎さん。」

 

 

 

 

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