Rainy pink その14


「あ、律子さん。」
振り返ると、いつもの赤縁メガネで微笑む律子さんが、大きな買い物袋を両手に持って立っていた。
「買い物?」
「ええ、いろいろ切らしてたものがあったので。・・・律子さん、すごい荷物ですね。」
「そうなの。友達に、明日、前期試験終了のパーティやるから何か作ってって言われてね。」
嬉しそうに微笑んでるけど、両手に荷物を持った状態で、この雨の中帰るのだろうか?

「帰り道一緒なら、荷物持ちますよ?」
その申し出に、少し視線を彷徨わせてから律子さんは答える。
「ありがとう。でも、まだ寄るところあるから。」
「そうですか。じゃあ、私はこれで。」
「うん。気をつけて。」
「はい。律子さんもお気をつけて。」

なんとなく、別れの挨拶をしたので屋根から出ないといけない気がして、傘を差し雨の中に出る。
そうすると不思議なもので、足は勝手に家路に着く。
これって、さっき私が『特急来るから』と言って海佳を急かしたのに似ている。

 

家に帰ってキャベツメンチをサンドイッチにして食べ、一通り明日のための勉強を終えると
日が傾き始める時間になっていた。
私が家に電話すると、海佳が無事家に帰っていたことにほっとした。
ただ、海佳は電話口には出てきてくれなかった。
勉強?昼寝?それともお風呂?
まあ、手が離せないなら仕方ない。

この空間に海佳がいたことで、『私一人の家』だったここも『海佳のいない場所』になってしまった。
自分でもわかってる。考え過ぎだって。
でも、胸を締め付けられるような恋しさは押さえられない。
それに、今夜あのベッドで寝て、果たして平気でいられるものか。

と、悶々としていると、玄関口のチャイムが鳴った。
また律子さんだろうか、なんとなくそんな予感がして玄関へ急ぐ。
魚眼レンズの向こうには、3回連続の同じ景色。
「はーい。」
「あ。浜崎さん。沢渡です。」
鍵を開けると、さっきスーパーで会ったときと同じ格好で律子さんは立っていた。

「さっきはどうも。どうしました?」
見たところ鍋もお皿も持ってないみたいだけど・・・
「昨日、カレー入ったまま渡したお鍋、空いてるかな? 足りなくなっちゃって。」
鍋が足りなくなったというのは、さっき話してたパーティの準備のためだろう。
しまった。海佳がいたので、受け取ってから何もしていない。
「あー・・・空けますよ。大丈夫です。」
若干引きつった笑いで返していたに違いない。

「あ、そこでって言うのもなんですから、上がってて下さい。すぐやりますから。」
そういって場所を空け、慌ててキッチンに向かう。
「そお?じゃ、待たせてもらうわね。」
お邪魔しますと言って、律子さんはリビングに入っていった。
ホーロー鍋に入ったままだったカレーは冷えて固くなっており、掻き出すのに苦労しそうだった。
間に合わせのラーメン丼に取れるだけ移し変え、こびりついた鍋を必死にスポンジで洗う。

「律子さん、明日の準備忙しいんですか?」
奥に向かって一声掛けると、まーねー、とだけ返答が帰ってきた。
鍋の汚れは、なかなか落ちない。
昨日のうちにやっておくべきだったけど、すっかり忘れていた。
あ、でも、夕飯は出掛けなくて済みそうだな、なんてちょっとお得な気分。
ようやく納得できるところまで鍋を洗い終え、水気を拭き取ってからリビングへ向かう。

「律子さーん、鍋洗ってきま・・・」
能天気に部屋へ戻った私の目に飛び込んできたのは、想像だにしていない光景だった。

 

 

 

 

その13へ     その15へ