Rainy pink その15


「おばけだぞ〜う!」
ベッドにあったはずの掛け布団を頭から被り、その中から両手を突き出した律子さんが
部屋に入った私ににじり寄って来た。
その瞬間、ドクンと、破裂しそうなほど心臓が高鳴った。
全身の血液が逆流していくような、嫌な感覚。
海佳と過ごした昨夜のビジョンが脳裏にフラッシュバックする。

「な、何やってるんですか!! やめてくださいっ!」
自分でも驚くほどの怒鳴り声に、律子さんの動きがぴたりと止まる。
「ご、ごめん・・・」
布団の下から顔を出した律子さんは、少しずれたメガネを人差し指で直しながら謝る。
「あ、いえ・・・すみません。」
我に返った私も、顔を見たからか、なんとなく謝ってしまう。

布団を戻した律子さんはテーブルの横に座ると、その横をぽんぽんと叩いて私を招く。
なんだかばつが悪くなって、私は律子さんの正面に正座する。
「明日のパーティ、浜崎さんも参加しない?」
「いえ。明日は試験が終わったら実家に帰らないといけないので、すみませんが。」
私の顔を窺いながら尋ねる律子さんは、少しいつもと違った雰囲気がした。
「一日くらいずらせるでしょう?一人でも多い方が楽しいし。」
私の腕を掴みながら微笑む律子さんには悪いけど、私の答えは変わらない。

「ごめんなさい、家族との約束なので。」
そっと、私の腕が開放された。
「そっか・・・じゃ、仕方ないよね。」
律子さんは少し私と距離を取り、寝室の方に視線を移した。
「すみません。夏休み明けたら戻ってきますし、そしたらまた誘ってください。」
私は鍋を差し出して立ち上がる。
それで話は終わると思ったから。

「昨日来てたお客さんと、関係あるの? それ。」
ザワッと背中に悪寒が走る。
鍋を受け取った律子さんは、人差し指で上げたメガネの奥から鋭い眼差しを私に向ける。
「お客?」
ダメだ、どう考えても律子さんの目を見て話すことが出来ない。
私は逃げるように玄関の方へ向きを変えて、律子さんが歩き出すよう仕向ける。

「ええ、誰か居たでしょ、昨日の夜。それともあのローファー、浜崎さんの?」
それがどんな表情で、何を意図して言われたのか、背を向けた私には見当もつかない。
ただ、律子さんは確かに見ていたということ。海佳の靴を。
隠さなきゃいけない事じゃないと分かっていても、私の鼓動が早くなる。
「あぁ・・・妹が遊びに来てまして。夕飯一緒に食べに行ったら遅くなったんで、一晩泊めたんです。」
私の口からは必要以上にすらすらと説明が流れ出た。
それを聞いた律子さんが、部屋からキッチンに繋がる板張りの廊下に踏み出した音が聞こえる。

「ふぅん。そうだったんだ。」
思わず唾を飲み込んだ音が、思った以上に自分の耳に響く。
「随分遅くまでカーテンから光が漏れてたから、どうしたのかと思ったの。」
私の肩越しの随分近い所から聞こえてきた囁きは、私を動揺させてなお余りある威力を持っていた。
「やだなぁ。話してたら盛り上がっちゃっただけですって。」
視線が合わないように少しだけ後ろを振り向いて軽く笑ってみる。
笑えてるよね?私?

「そ。まぁいいけど。」
冷たい光を放つ赤いフレームが、ニヤリと笑った気がした。
私の横を抜けて、玄関で靴を履く律子さんが屈む姿にホッと胸を撫で下ろす。

「じゃ。気を付けて帰ってね。また夏休み明け。」
「はい。パーティ参加できなくてごめんなさい。失礼します。」
身体を直角に曲げるほどのお辞儀をして、玄関の扉を開ける律子さんを見送る。
「いーえ。布団、いい匂いだったわよ。」
優雅な微笑を残して、律子さんは扉の向こうに消えた。
ちょっと・・・どういう意味・・・?

 

 

 

 

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