高校2年の夏休み・・・
それは大学進学を希望する高校生にとって最後の、遊べる夏休み。
もちろん希望の高い人はもう予備校に通ってるでしょうけど、あたしにはそこまでの理想はない。

今年の夏休みは勉学だけでなくて、社会勉強もできた実りの多い夏休みだった気がする。
2週間だけという約束で、アルバイトさせてもらってた商店街の花屋さんのご夫婦とも今日でお別れ。
・・・とは言っても、家と駅との通学で毎日通る道だから顔を合わせる機会はいくらでもあるけど。

「千河ちゃん、おつかれさま。毎日真面目に来てくれて助かったわ。」
最終日の夕刻に、恰幅の良い奥さんが改まってどことなくしんみりした空気。
「いえ、そんな。無理言って働かせて頂いたんですから・・・本当にお世話になりました。」
いつもは豪快な奥さんが優しい笑みを浮かべながら頭を下げるので、慌ててそれを止めてより深く頭を下げた。
「これ、お礼の気持ちでほんのちょっとだけ、うちの人の小遣いから抜いて多く入れといたから。」
ぱすんと軽く私の肩を叩きながら渡された茶封筒は、勤労の喜びに満たされていた。
・・・はじめての、お給料。

「おいおい、勘弁してくれよー。自分の小遣いから入れろってんだ。」
それを聞きつけた旦那さんが、ボリボリと角刈りの胡麻塩頭を掻きながら、店の奥から姿を現す。
「あんただって、千河ちゃんの事えらく気に入ってたんだからいいじゃないさ。」
「そうだけどよー。おまえこそずーっと働いて欲しいって言ってたじゃねぇか。」
この二人のやり取りには2日目で慣れた。
なんだかんだ言いながら、似たもの同士で良いご夫婦なのよね。
「あ、あの・・・」
夫婦漫才が展開される前に止めに入ろうとしたあたしを察して、奥さんはさっさとあたしに封筒を押し付ける。

「いやぁ〜、でも本当に助かったよ。ありがとうな。また働きに来てくれるのも、お客としても大歓迎だ。」
腕を組んでニカッと笑う旦那さんの笑顔は真夏の日差しのようで、人にも花にも元気を与えてくれる。
「こちらこそ。本当にありがとうございました。」
もう一度頭を下げ、私は踵を返す。
こうでもしないと・・・いつまでもお礼の言い合いになって帰れなくなってしまいそうだから。

「おう、そうだ! 待ちな、千河ちゃん。これ、商店街の納涼福引の券。記念に回して行きなよ。」
去り際に、旦那さんがくれた5枚の福引券。
まさかこれが一大事に発展しようとは、ご夫婦の情に浮かんだ涙の欠片ほども思っていなかった。

 

20000HIT 記念企画
 Summer Windfall 前編

 

どうしよう、とんでもない事になっちゃったわ・・・

あたしは住み慣れた自室の勉強机に、1等景品の仰々しい祝儀袋を放り投げる。
なんでこーゆー時に限って、誰も貰い手が居ないのよ。
溜息をつきながら椅子に座り、伊達メガネを外して改めて紅白の水引を凝視する。
思い出しただけで、見たこともない色の玉が出た直後に数分鳴らされ続けた、けたたましい鐘の音が蘇ってくる。

両親は『お盆も終わったのに平日じゃ行けない。』
祖父母は『そげなとおに行けん。』
こういうのあげられそうな友達は『ペアチケット? 誰と行けっつーの?』
・・・などなど。

折角貰ったチケットだから無駄にしたくはないけど、今月一杯の期限だし・・・
あたしは再びおめでたい袋を手に取り、チラリとゴミ箱に目をやる。
・・・いやいやいや、ダメダメ!!
一瞬浮かんだ考えは、もったいないというよりも、いろんな人々の思いに申し訳なくて却下した。

「ひゃうっ!」
突然、机の上でケータイが震えだして、椅子から体が飛び上がる。
ディスプレイには、最もこのケータイの画面で良く見る差出人の名前。
もう!何よ、タイミングの悪い・・・
そう言いつつも、内心期待している自分に気付き、折りたたまれたケータイを開くことをちょっと躊躇う。

『やぁ(^0^)/千河。 さっきお盆の帰省から戻ったよ。 今週はまるまる千河と会えなかったけど、
来週はその分空けてあるから、絶対どこか遊びに行こうね☆ じゃ、そゆことで〜(^□^)ノシ』

ナニヨコレ・・・
あたしは文面から放たれたビームに当たらないよう、素早くケータイを閉じた。
もし、この世に神様が居るなら、こーゆー振りを平気でして来るひねくれ者に違いない。
でも、仮にあたしがこのチケットを使うとしたら、実際のところ他に適任者は居ないのもまた事実。
「友達と・・・行くものかな?」
ポツリと言ってしまい慌てて背後を振り返るが、聞いている人などいるはずもない。

『ダメよ、高校生だけで遠出なんて。それに泊りがけなんて許してくれないわ。』私の中で天使が囁く。
『こんなの二度とないチャンスよ。当てたのは自分なんだから当然の権利じゃない。』私の中で悪魔が囁く。

あー!もう!!
イライラの原因になるようなものが変なタイミングで舞い込んで、あたしはわしゃわしゃと長い髪を掻き毟る。

うむぅ・・・と唸りながらにらめっこするも、何の解決にもならない。

「うえー・・・お母ーさーん!」
バン!と部屋のドアを開け、夕飯の支度の最中であるキッチンへとあたしは走る。
結局時間を無駄に浪費しただけで、あたしは一番頼れる相談者の下に駆け込んだのだった。


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さて!突然ですがあなたは今だけ千河母です!
愛娘が困り果てて相談して来ました。最終的にどう返答しますか?


「高校生だけで泊り掛けは危険ね。福引の期間も1日あるし、内輪で当てちゃったんだから返してらっしゃい。」★

「折角だから行きなさい。思い出は今しか作れないのよ。あ、でもお土産は忘れないでね?」★



 

 

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