Upside down その12


私が高波さんを『理美ちゃん』と呼ぶようになって1週間が経ち、今週末はいよいよ文化祭。
放課後ともなれば、どのクラスにも文化祭の準備に向けてどこかふわふわしたお祭りのような雰囲気が漂う。
忙しそうだけど、笑顔や笑い声が溢れていて、いつもより活気に満ちている。
まだ4日あるとはいえ、大掛かりな設備が必要なクラスは準備が着々と進んでいるみたい。

今年の図書委員会の出し物は、委員長の立案で『物語の朗読会、かっこ寸劇付きかっことじる』に決まり、
演劇部やダンス部、音楽部、軽音同好会をはじめとしたいわゆる『体育館モノ』になってしまった。
しかしながら行うのは寸劇に過ぎない為、登場人物の衣装を着た我々が物語に沿って舞台を立ち回るだけ。
台詞は無く、大掛かりなセットも組まないし、小道具は演劇部からの借り物。
つまり、暇だからこうしてのほほんと廊下を歩いていられるんだけど。

流石にクラスの出し物を当日手伝うことは出来そうにないのは申し訳ないけど、今回の演目の配役を決める
図書委員会の打ち合わせを行う為に、私は図書室へと足を向ける。

「お疲れさ・・・」
「せやから委員長はん、いくら寸劇やゆーても4日前に配役決めるやなんてきっついわぁ。」
「何言ってんの。誰でも知ってるお話なんだから、何とでもなるでしょー。」
理美ちゃんが片岡委員長と言い争ってる・・・というよりは和んでいる声が、入ると同時に聞こえてきた。
私以外の図書委員7名は、私が学校の雰囲気にほだされているうちに揃っていたようだ。
「す、すみません。遅くなりました。」
小走りで作業カウンターの内側に入り、テーブルの空いている席に就く。

「青山さん。大丈夫よ。まだ集合時間前だし、みんな手持ち無沙汰で早く集まっちゃっただけだから。」
隣に座っていた副委員長の垂水さんの穏やかな微笑に小さく頭を下げ、いよいよ委員長が咳払いをする。

「揃ったね。 じゃあ、前回は演目を決めたけど、今回は配役を決めるよ。」
テーブルの空気は瞬時に張り詰めたものへと変わり、全員が委員長へ視線を向ける。
「読み手はあたし。たるみぃは効果音とタイムキーパー。これは決定だから文句言わないように。」
腕を組みながら告げた片岡委員長の一言は、あながち不公平でもない。
二人とも放送部の部長・副部長を兼任していて、全国高校放送コンテスト出場経験もあるほどだから。

「さぁて。残った仔猫ちゃんたちは、あたしのコマ・・・んんっ、もとい、配役をくじ引きで決めるから。」
全員の額に、言い直す直前の表現が引っかかったのか縦線が入る。
一方、片岡委員長はずっとニヤニヤ笑いを浮かべたまま、足元からこれ見よがしに黒い抽籤箱を取り出した。
ご丁寧にところどころ赤いスプレーがかかっていて、天辺に開いた穴からドクロマークのオーラを放出している。
片岡委員長がそういう趣味な人なのは皆知ってるから、あえて突っ込もうとはしない。
「箱の中に役名が入ってるから。じゃ、一番最初に引かれたい人挙手して。」

「おっと、委員長はん。委員長はんの事や、箱ん中に何やイカサマしてはらへんか調べてもよろしいか?」
さっと手を上げた理美ちゃんが答えも待たず席を立つ。
「いいよ。何も細工なんてしてないし。」
テーブルの上に差し出された箱を、理美ちゃんはそっと覗いてから右手を差し入れる。

全員の注目と沈黙・・・

「うひゃぁぁああ!!なに!?なにこれ!?」
理美ちゃんが手を入れたまま飛び跳ねて叫んだ。
「ああああぁぁぁぁ!あかん!抜けへん!なにこれっ!キモッ!」
必死に箱を押さえて手を抜こうとするも、どうやら抜けなくなってしまったみたいで、バタバタ暴れ続ける。
あんなに大きく開いた穴から手が抜けないなんて、何事かしら!?
しかし、突然の出来事に委員長以外の全員が凍りつき、私はおろか、誰も助けようと動くことが出来ない。

「り・・・理美ちゃん!!!」
驚いたことに、一番最初に声を、しかも大声を出したのは私だった。
ビクッと肩を震わせて抜いた右腕のブレザーの先に、高波さんの小さな手は、付いていなかった。
「あぁー、手がー、手ぇがぁ〜。」
よろよろと箱から離れる理美ちゃんに、椅子を跳ね飛ばして私は駆け寄る。
「だ、大丈夫っ!?理美ちゃん!?」

慌てて掴んだ理美ちゃんの右腕の先に、にょきっと拳が・・・生えた?
ド・レ・ミ・ファ・ソと音階を奏でるように指を1本ずつ伸ばして、ラシドでグーパーグーパーを繰り返す。
「あった! 手ぇあったわ。」
「あっはっはっはっはっは!」
ただ一人笑い声を上げたのは委員長だけ。パンパンと手を叩きながら大爆笑している。

私は力なくその場に崩れ落ち、皆が安堵の溜息をついた。
「当たり前や。なんにもあるわけないやん。なぁ委員長はん。」
「あっはは。高波は面白いなぁ、度胸もあるし・・・よし。主役、高波。」
「よっしゃ!主役や・・・って、えぇ!ウチが!?」
ガッツポーズをとったと思いきや、バンとテーブルを叩いてノリツッコミで委員長に詰め寄る。
怒涛の展開が、委員長と理美ちゃんの間だけで成立していて、もはや誰も入り込むことが出来ない。

「じゃ、相手役は高波に指名してもらって・・・あとは適当にやって。じゃ、たるみぃ、読み合わせ行こうか。」
委員長は垂水副委員長に微笑みかけると、二人で席を立ってテーブルを後にした。
「ウチが主役・・・そんなら相手役は氷音先輩や!他にはおらん!・・・えぇな?」
床に座り込んだまま見上げた理美ちゃんに、流されるまま私はこくこくとただ頷く事しか出来なかった。
と、その時、片岡委員長の右手の袖から何かが零れ落ちたのを本人が拾い上げ、理美ちゃんに投げ渡した。

「あー。さくっと決まったし、それ、もういらないから高波にあげるー。じゃーね〜。おつかれさま〜。」
ひらひらと手を振りながら、図書室の扉の向こうに二人が姿を消すと同時に、手の中で受け取ったモノを
検めた理美ちゃんがブーッと噴き出して大きく体勢を崩した。
「なんやねん!!やっぱ仕組んどったんやんか!」
理美ちゃんが大きく脚を開いて床に叩き付けたその紙を見ると、そこにはこう書かれていた。

『あんたが主役!(相手役指名権付き♥)』

 

 

 

 

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