「理美ちゃん・・・?」
そっと図書室に繋がる扉を押し、室内に声を掛けてみる。
しかし返事は無く、作業テーブルに伏した小さな人影が一つ。
ゆっくり近づいてみれば、どうやら理美ちゃんはうとうとしているみたい。
起きるのを待った方が良いのかしら、それとも起こした方が・・・
どうしたものかと思案していたら気配に気付いたのか、理美ちゃんがガバッと起き上がって私を見上げた。
「おわ!ビックリしたぁ!どこの男前がいてんのかと思ったわ!」
何度か目を瞬かせながら、理美ちゃんの顔が笑みに満たされていく。
「ごめんなさい、遅くなっちゃって・・・」
「全然構へんよ〜。 似合うやんか、氷音先輩! せや、これは今のうちに写メっとかんともったいない。」
理美ちゃんはピンク色に輝くストーンで彩られたケータイを鞄から取り出して何度も撮影音を響かせる。
「あの・・・理美ちゃん、ありがと。」
「ん?なにが?」
ケータイを構えながら、理美ちゃんが満面の笑みで機嫌よく答える。
「やっぱり、着てみて正解だったわ。これ、パンツもシャツもかなりきついみたい・・・」
着るのに時間が掛かったのは、無理矢理身体を詰め込んだからに他ならない。
私は決して太っていないけど、やっぱり私の身長に合わせて作られていないそれを着るのは無理があった。
シャツは胸が、パンツはお尻から脚にかけての布地に相当無理がかかっているはず。
「はぁ〜。そーかー。うんうん。そーやんなぁ。」
頭頂に、幼児がクレヨンで書いたような花が咲いている理美ちゃんは生返事で撮影に夢中な様子。
「理美ちゃん?・・・聞いてる?」
「聞いてる聞いてる。聞いてるで〜〜〜。」
私の横に回りこみながら嬉しそうな理美ちゃんの、頬にもぐるぐる渦巻きが書いてあるように見えてきた。
全然聞いてないじゃない・・・
うぅ・・・こうなったら、王子の威厳で・・・私は王子、宝塚の男役みたいな王子様・・・
「姫!」
「う!ひゃい!?」
両肩に手を掛け、私は真っ直ぐに理美ちゃんを見つめる。
「やはりわたくしには、この衣装のサイズが合いませんでした。姫のご期待に沿えず、申し訳ございません。」
自分が出せる最も低い声で、口を半開きにして驚いたように固まる理美ちゃんにゆっくりと告げる。
「ひ・・・氷音、先輩?」
「この衣装では、わたくしはお役に立てません。当日の王子役は他の方に・・・」
「ほわぁ〜・・・氷音先輩、かっこえ〜・・・」
覗き込んだ理美ちゃんの瞳孔は、ピンクのハート型・・・に見えた。
「ですから、姫? 王子役は替わってもらった方が・・・」
「あかん!やっぱり氷音先輩以外におらん!」
ひえぇ〜!!逆効果!?
瞳孔の形はそのままに、理美ちゃんがガッツポーズで息巻く。
「なぁなぁ、氷音先輩!お姫様抱っこして! なぁ、ウチだけや無い、女の子みんなの夢や!!」
輝く笑みを浮かべながら上目遣いでお願いする理美ちゃんの頼みとはいえ、私は腕力に全く自信がない。
「そ、そんなの無理よ・・・」
「あー!!戻った!ちゃうやろー!そこはこうや!『姫の仰せの通りに』・・・はい!」
はい!って・・・そう言えって事!?
「ひ、姫の仰せの通りに」
「よっしゃ!ほな頼むで、氷音先輩。ウチの夢叶えてや。」
くるりと背を向けてその時を待つ理美ちゃんに、出来ないなんて言えなくなってしまった・・・
えぇい!耐えて、私の腕と腰っ!
右腕を背中に、左腕を膝の裏に。
身体ごと仰け反るように持ち上げると、思ったよりも簡単に理美ちゃんの身体は浮き上がり、歓喜の声が上がる。
しかし、そう思ったのも束の間。
いくら軽いとはいえ、もぞもぞと動く人間の身体をそのまま維持することなど私に出来るはずもなかった。
あっという間にバランスを崩し、それでも絶対に理美ちゃんに怪我をさせまいとして、私はしゃがむように
お尻から後ろに倒れた。
ビリッという不吉な音と、理美ちゃんが倒れこんできた痛みで、顔が歪んだ気がした。
「痛〜!氷音先輩、ごめんやわぁ、大丈夫・・・?」
仰向けに倒れた私を覗き込むように、無事だった理美ちゃんが心配そうな表情で謝る。
「えぇ・・・でも、衣装が・・・」
ハッキリ聞こえたその音は理美ちゃんにも届いていたようで、慌てて私のお尻を確認する。
「あーあ、やってもーた・・・氷音先輩、自分で脱げる?」
そう言われて改めて手を掛けると、破けた部分からお尻がはみ出して、容易には脱げそうもなくなっている。
「え・・・ウソ?」
「氷音先輩? 今、助けたるからな!」
私のうろたえ様を見かねて、すかさず手を貸してくれたのはいいけど、理美ちゃんはしっかりと私の下肢が
納まったロングパンツを力ずくで下ろそうとする。
え、ちょ、ちょっと待って!? 理美ちゃん!?落ち着いて!!??