Upside down その19


文化祭というのは不思議なもので、普段の学び舎と同じ場所とはとても思えない空気に満ちている。
お祭りなのだから毎回当たり前だけど、これから結構な人数の人が来て、当然そのほとんどは部外者である。
しかし私にとって、中学高校通して5回目のお祭りは今までとは明らかに違うモノになるに違いない。

クラスの出し物の為に朝早くから準備が始められている教室に、着いた時間は普段と同じ8時ちょっと前。
9時からのスタートに向け慌しい中に、手伝えないから顔を出すだけというのもちょっと気が引ける。
「青山さん、今年の図書委員会すごいね!劇やるんだって?」
「え、えぇ・・・」
もちろん私が話さなかったからというのもあるけど、友達でも昨日パンフレットが配られてから知ったみたいで、
数少ないその友達が、仕込みの手を休めて私の所にやってきた。
「なんだぁ、教えてくれればクラスの出し物放っぽって見に行けたのに。」
「それは迷惑になっちゃうんじゃ・・・」
クラスの出し物であるたこ焼き屋の準備を進めながら、友達たちは忙しいながらも嬉しそう。
「ごめんなさい。クラスの方、手伝えなくて・・・」
「いーのいーの! 体育館モノじゃしょうがないって。あとで差し入れ持ってくね。」
「うん。ありがとう。」
なんだかそんな細やかな気持ちが嬉しくて、釣られて笑顔になってしまう。

「で、劇ってなにやるの?」
当然飛んでくるこの質問。次に来る質問が予想できてしまうだけに、つい口ごもってしまう。
「え、と・・・シンデレラ・・・っぽいもの?」
「うっそ!超ベタじゃない? あ、でも、まぁ図書委員会らしいかな。」
小学生の学芸会って言われないだけマシなリアクションにほっと胸をなでおろす。

「で、ひのちゃんは何役なの?」
・・・来た。
「え、あの・・・お、王子・・・」
言ってから、何で恥ずかしくなるのか解らないけどちょっと顔が熱くなる。

「あー・・・なるほどー。」
あの、二人とも私を見上げて納得するのは、ちょっと酷くない?
というか、そういう理由じゃなくてほとんど委員長のくじのせいなんだけど・・・
しかし、一旦恥ずかしさを感じてしまった今の私の口からそんな言い訳がましい台詞が出るはずが無かった。

「でも、すごいね!超重要役じゃん! 後半に登場してラストシーンまで注目かっさらう!みたいな!」
ひぃぃぃ! 超重要って、そんなプレッシャー掛けないで!
「青山さんの王子様見てみたいよねー。開演がお昼前の時間じゃなかったら行けたのにー。」
だめよやめてこないで!!見世物じゃないのよ!
・・・あ、見世物だったわ。

「じゃぁさ、シンデレラ役って誰なの?」
友達がその疑問を口にしたとたん、教室のドアがズバン!と音を立てて全開になった。
「ウチや!!文句ある? 氷音先輩、集合の時間やから迎えに来たで。」
何というタイミングの良さ。 まさかずっと扉の向こうで待ってたりしてないよね、理美ちゃん?
でも、シンデレラに迎えに来られる王子って、なんだか情けない。
「あー・・・なるほどー。」
いや、だからその高さ基準で見比べるのはやめて欲しいんだけど・・・
「お、何や? まさかあそこに並んでるんは、たこ焼き器か!」
理美ちゃんは目を輝かせ、準備が進む教室にバタバタと迷惑も顧みず踏み込んでいく。
あぁぁ、お願いだから邪魔だけはしないであげてー・・・

準備に忙しそうなクラスメイトに向かい、理美ちゃんは仰け反らんばかりに腰に手を当ててまくしたてる。
「ふふん、素人が一晩で出来るような甘いもんやないで! ウチより上手い人なんて、こん中におるわけ・・・」
語り尽くそうと拳を勢い良く突き上げたその姿勢のままの理美ちゃんを、私は慌てて後ろから羽交い絞めにし、
引き攣った笑みを浮かべながら教室のドアに向かってずるずると引きずり連行する。
「氷音先輩、殺生や〜。 全員正座させて、じっくりこってり小一時間は語ったるのに〜。」
抵抗こそしないものの、イヤイヤするように頭を振りながら口惜しそうな声を上げる。
「集合時間なんでしょ? 無茶言わないで。」
そんな私たちを、友達だけでなくクラス中の皆が生温い視線で送り出してくれた事は言うまでも無い。

 

 

 

 

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