Vier mädchen その5


「・・・ん?」
1学期の期末テストも目前となった、暑い7月のある日のこと。
私が先生に頼まれた生徒会関連の書類を手に、1年生の教室の前を通り掛かろうとしたとき、ふと目が向いた
先にいたのは岩淵副会長。
教室の前で、開け放った廊下の窓に肘を掛け物憂げな表情。
クラスメイトにバイバイされても小さくまたね、と返すだけ。

副会長とは生徒会の用事でしか会わないから、普段どういう学園生活を送っているか知らなかったけど、
ああ見えてちゃんと友達付き合いもしてるんだな、なんて、当たり前の事だけど新鮮に感じた。

「副会長。」
「あ・・・永江さん。」
少し迷ってから、私は横に立っていつも通り役職名で呼びかける。
同じ高さの視線にはやっぱりいつものような力強さが感じられず、ちらりとこちらを見てすぐにまた窓の外へ
顔を戻してしまった。

「なんか様子が変だから気になって声掛けたんだけど・・・」
「えぇ、悩み多き年頃ですから。」
耳の後ろできっちりカールをキープしている長い髪を掻き上げて浮かべられた作り笑いも、どこか弱々しい。
「もしかして、期末テスト? 分かんないところあるなら私が・・・」
「今すぐ東大受験しても合格できますので、お気遣いだけ頂きます。」

くはっ!
出てきた言葉は確かにいつもの副会長らしいもので少し安心した・・・ちょっとムカついたけど。
「そっか。 ごめんね、余計なお世話だったかな。」
私の笑顔が引き攣ってたのが伝わってしまって、またふいと顔を逸らされてしまった。

「私で力になれる事だったら、相談してね。 じゃ。」
副会長と一緒に仕事をするようになって3か月ちょっと。
強気でクールで、頭が良くて年下とは思えない大人びた綺麗さ。
肩下まで伸ばした前髪が頬の横でくるりと外側に巻かれていて、それを掻き上げるのが癖。
巨大企業イワブチインダストリーの経営者一族というトンデモナイお嬢様で、通学も高級車。
湯島会長が彼女を副会長に指名した理由は、主席入学の成績を買ってとのことだそうだけど・・・

「あ、永江さん・・・」
向きを変えた私の後ろから、遠慮がちに呼び止める声。
結局360度向きを変える事になったけど、様子が違うのが気になって足を止める。

「この後、時間ありますか?」
かすみが聞いてたら、なんて言われるだろう。
窓から差し込む午後の日差しが、細い髪を透かして濃茶に煌めいているみたいで、思わず息を飲んだ。
「う、うん・・・いいよ。」
私でもドキッとするんだから、世の中の男の子が彼女を見たらどう思うんだろう。
そんな余計な考えがふと脳裏を過った。

「生徒会とは関係ない話ですけど、当麻さん抜きで永江さんと話せる機会なんて滅多にないですからね。
できれば、相談・・・いえ、雑談でもしませんか?」
え、それって、どーゆー意味・・・?
こちらの様子を窺うようにしっかりと視線を合わされている以上、冗談ではなさそう。
それに相談してねって言っちゃった手前、引くわけにもいかない、けど・・・

「う、うん。 じゃ、これ片づけてきちゃうから、あとで待ち合わせね。」
「わかりました。 では、校門で待ってます。」

なんだろう、この違和感は。
いつものクールな感じがしないし、素直だし、なに、まさかこれが副会長の『デレ』ってやつですかい!?
でも、デレられる理由も見つからないし・・・

そんな事を考えながら立ち去ろうとしたら、廊下の壁にぶつかってしまった。
危うく手に持った書類を床に撒きそうになって慌てる。

「永江さん、くれぐれも当麻さんに捕まらないようにして下さいね。長くなりますから。」

・・・・・・。

良かった。やっぱり副会長だ。


 

 

 

 

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