Vier mädchen その6


「失礼しました。」
書類を担当の先生に渡し終え、小さく頭を下げて教員室の扉を閉める。

ふぅ・・・
これでひとまず1学期の生徒会の用事は終わり。
ようやく期末試験に向けて最後の調整が出来そうだ。
そんな時期の放課後の廊下はどこかみんな言葉少なで、間もなくやって来るその日を憂いているのかな。

「あ、みのちゃーん!」
階段に差し掛かった時、最も聞き覚えのある声が斜め上から聞こえてきた。
ん・・・? 斜め上!?

嫌な予感を感じた時には、もう手遅れだった。
3段目から私めがけて飛び込んで来たその華奢な体を受け止め損ね、二人もろとも廊下の壁に激しくぶつかる。
固い壁と柔らかくて良い匂いのする身体に挟まれて、喉の奥から潰れたカエルの鳴き声が零れ落ちた。
「ぐ・・・ぇ・・・」
「みのちゃーん、いま帰るところ? わたしも一緒に帰るー!」
身体の中から押し出された魂が私の口の端から垂れ下がっていることも気にせず、全力で飛び込んで来た
かすみが、私の胸に頭を押し付けながら甘えた声を出す。

「いっっったーーー! かすみん、無茶しすぎだよー・・・」
頭こそ打たなかったけど、ショックではみ出した魂をズルズル飲み込み、私は精一杯の抗議の声を上げる。
「あ、ご、ごめんっ! ・・・嬉しくて、つい。」
普段はパッチリ大きな目元が、上目遣いでうるうるの謝罪を表す表情に変わる。
「もぅ・・・いいけど。」
顔立ちだけでなく、そんな仕草や表情が可愛いからと許してしまうのは、やっぱりかすみが好きだからかな。

「で、かすみん、帰ろうって話だけど・・・」
「うん、帰ろー。」
壁にめり込んだかと思われる程の轟音に、廊下にいた数人が何事かとこちらに注目しているのに気付いて
かすみの体をそっと引き剥がす。

「ごめん、今日はちょっと用事があって・・・」
かすみにとっては予想外の言葉が相当ショックだったのか、よろりと大袈裟に一歩よろめいて私を見上げる。
「そう、なの・・・? 知らなかった・・・」
断られた事よりも、それを知らなかった事の方がお気に召さなかったようだけど、その用事がつい先程できた
物なのだから仕方が無い。

「さっき教員室に生徒会の書類届けに行った後にできた用事だから教えてあげられなくて、ごめん。」
「あ、それって放課後にーって言ってたやつ? そっか、じゃぁ、しょーがないか。」
とてもじゃないけど『しょーがない』で納得した顔に見えないんだけど、かすみ?
「うん、ごめんね。 でも、明日は一緒に帰ろうよ。ね。」
濃茶のさらさらストレートロングヘアのてっぺんを優しく撫でると、かすみの顔に満ちていた邪気がみるみる
晴れて行き、降り注ぐ夏の日差しのように明るい笑顔に変わる。

「えへへ♪ しょーがないんだからー。もー。」
そして、降り注ぐ夏の日差しの様な視線の矢が何本も射掛けられている事に気付き、私は慌ててかすみから
少し身体を離す。
「じゃぁさ、みのちゃん、せめて校門まで一緒に行こ?」

精一杯の譲歩のつもりなのだろうけど、よりによって待ち合わせ場所までって!
てゆーか、なんで私こんなに後ろめたい気分になってるのよ!
べ、別に副会長とナニカするわけじゃないんだから、こんなに動揺する事無いじゃない。
ちょっとデレられたくらいで、どうしちゃったのよ、私。

「みのちゃん? いいよね?」
「え、あ、う、うん・・・」
急に現実に引き戻されて返した生返事のせいで一緒に行く事になったけど・・・大丈夫、だよね?


 

 

 

 

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