Vier mädchen その8


キーンコーンカーンコーーン
いつもと変わらないチャイムが鳴り響き、いつもと違う期間への突入を告げた。

あーやっと夏休みだー。わたし明日も普通に部活なんだけど。とりあえず渋谷行かない?
1学期最後のホームルームが終わり、教室は一気に華やいだ空気に包まれる。
今日の事、明日の事、この夏の事。
皆がこれからへの希望に満ち溢れていて、キラキラしている気がする。

「みのちゃーーーん! 明日からー、夏休みー!」
後ろの席から、隣の教室まで聞こえそうな程の大声が私の鼓膜を震わせた。
「ちょっ、かすみん・・・苦し・・・」
それと同時に、机越しに首に回された腕がピタリと顎の下に食い込んで、私は恋人の腕を何度もタップする。

「あの、かすみちゃん。 きみのちゃんの首が大変な事になってるんだけど・・・」
横の席・・・の上の方から出された助け舟のお陰で、かすみは自分の腕が叩かれている意味に気付いたようで、
解放された私は空気のありがたさを存分に思い知る。
「けほっ・・・ありがと、氷音ちゃん。」
「いえ。 大丈夫?」
控えめで温和な微笑みを浮かべる背の高い氷音ちゃんを見上げて、命を救われた感謝を述べる。

「ひーのん、大丈夫に決まってるじゃん。 これは愛情表現だもんねー。」
ねー、って・・・ いや、わかってるけど。
かすみの場合はわざとじゃないから注意の仕方が分からないのが難点なんだよね・・・
「そ、そうなのね。ごめんなさい・・・」
かすみの言う事を真に受けたのか、氷音ちゃんがどんどん小声になってしまう。

「ひーのーんせーんぱーい!」
廊下の外からそんな大声が近づいてきて、ズバンと教室の後ろ扉が開け放たれた。
「氷音先輩。 図書委員は夏休みも絶賛営業、商売繁盛やー。 委員会行くでー。」
「た、高波さん・・・」
突然開いた扉の近くでびっくりしているクラスメイトを気にも留めずに、最近氷音ちゃんと一緒に居るのを
よく見かける関西弁の1年生がずんずんと教室を横断してきて、氷音ちゃんのブラウスを引っ張り急かし始めた。

「ちょっと、高波さん、引っ張らないで。 まだ荷物の準備が・・・」
鞄のファスナーが開きっ放しのまま、小さな1年生に引き摺られるように連行されて行く大きな氷音ちゃんを、
私達二人だけでなく、教室中の皆が生温かい視線で見送る。
・・・・・・なんか、他人事と思えない。

「あの二人ってさ、なんか仲良いよね。」
ぽつりと、かすみが呟いた。
「そうかな? 氷音ちゃんが振り回されてるようにしか見えないけど。」
机の中身を鞄に移し替えながら、私はこの後生徒会室へ向かう準備を進める。
「ひーのんも、私達みたいに付き合っちゃえばいいのにねー。」
「かすみん。 誰でも私達みたいになれるとか、なりたいとか、思ってるわけじゃないんだよ。」
かすみの目にあの二人がどう映ってるのかは分からないけど、私達にも普段から注がれている生温かい視線に
気付いてるのかな?

「そっかなー。 ま、いーや。 じゃ、わたし達も行こっか。」
「そだね。」
ばいばーい。またねー。良い夏休みをー。
そんな挨拶をクラスメイト達と交わしながら、私達は4階の生徒会室へ向かうため教室を後にした。

かすみ。
私達の関係はね、『普通』じゃないんだよ。
『普通』じゃない事がいけない訳じゃないけど、それはやっぱり人目を引くんだよ。
私には・・・もしそうだったとして、氷音ちゃんの性格からしてそれを望むとは思えない。

「あたっ!」
そんな思考を渦巻かせていたからか、階段の次の段に掛けようとした足が上がりきらずガクンと姿勢を崩す。
「きゃっ! みのちゃん、大丈夫?」
前を進んでいたかすみが、私の声に驚いて振り向き、すぐに手を差し伸べてくれる。
「あは・・・ こけちゃった。」
苦笑いを浮かべる私に、心配そうなかすみの表情がほっとしたものに変わる。
「もう、気を付けて、みのちゃん。」

差し出された手は、柔らかくて温かい。
それはきっと私達の胸の奥に宿る気持ちと同じ。
『普通』か『普通じゃない』かなんて、私達にはどうでもいい。
「うん。 ありがと。」

だって、『好き』だから。


 

 

 

 

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