Vier mädchen その17


問いの真意を掴み兼ねたのか、一瞬間をおいてから、文兎が私を見上げる。
「紫鈴様にご満足頂けるような大した話ではございませんでしょうが、それでもよろしければ・・・」
「そんな事無いわ? 人生では先輩の、文兎の恋愛話が聞きたいの。」
私の四肢を洗い終えて手を止める文兎に、促すように微笑みかける。

「畏まりました。 ・・・お望みでいらっしゃいますれば。」
ちらちらと視線を泳がせながら、文兎はどこから話そうか思案している様子。
「えぇ。 話せる部分だけでいいから。」
泡だらけのままの脚を組んで、文兎が口を開くのを今かと待ち焦がれる。

「あれは、わたくしが高校1年の時でございます。 次期テニス部キャプテンとも言われていたクラスメイトの
男子から告白されましたのは。」
「へぇ・・・一般論で言えば、かなり競争率の高そうな相手じゃない。」
私の感想を褒め言葉と受け取ったのか、文兎の頬が微かに緩む。
「紫鈴様の仰る通りでございます。 わたくしは、その方を特になんとも思っておりませんでしたが、何事も
物は試しという言葉もございますし、恋愛に憧れていたという事もあり、お受け致しました。」

「ずいぶんと上から目線ね。」
「いえ、そんなつもりは・・・」
悪戯っぽい笑みを浮かべながら突っ込むと、文兎は慌てたように何度も首を振った。

「お付き合いを始めた頃は、噂通り爽やかで紳士的で優しい人でした。 その方と一緒にいたいと思う時間が
徐々に増え、付き合ってよかったと思えるようになっていきました。」
「ふふ。 その時の文兎はどんな顔をしてたのか、気になるわ。」
「す、紫鈴様、ご冗談を・・・」
ぼっと、瞬時に文兎の顔に赤みが差した。
それは頬だけでなく、首から鎖骨に掛けてまでもが朱に染まり、大きく動揺を誘ったようだった。

「ですが、半年も経たないうちに何度も身体を求めてくるようになりまして、当時のわたくしにはそれが苦痛に
感じられたものですから、2年に進級すると同時に、お別れを申し上げました。」
「ふぅん、そうだったの。 思い出すのが辛い話だったなら、ごめんなさいね。」
「もう10年も昔の話でございます。 紫鈴様、お気遣い痛み入ります。」
思い出として昇華したそれを、文兎は優しい微笑みで締め括った。
そして、話している間に冷たくなってしまったスポンジをお湯で一度洗って再びボディーソープを泡立てると、
同様に冷えてしまった私のお腹をゆっくりと温めるように擦り始めた。
腕を洗っていた時よりも距離が近づいたため、文兎の表情は前髪に隠れて覗う事が出来なくなってしまった。

「文兎にもそんな頃があったのね・・・まぁ、文兎ほどの人ならもっとあってもおかしくないと思うけど。」
「買い被り過ぎでございます、紫鈴様。」
自分を過小評価する文兎の腰を、泡まみれの脚で軽く蹴る。

「でもそれって、その頃からこんなに素敵な身体してるから、そういう輩に言い寄られたんじゃない?」
空いていた両手で文兎の豊満なおっぱいをわしづかむと、文兎は困惑した笑みを浮かべて私を見上げた。
先程触れた肩と同じく、冷たい皮膚が私の泡に覆われて乳白色に染まる。
「す、紫鈴様! 当時はまだ、ここまで育っては・・・」
驚いた声を上げるも、文兎は身じろぎ一つせずに私の掌を受け止める。

「そうなの? 今のサイズはどのくらい?」
私よりも大きなおっぱいの柔らかさを、確かめるように掌で揺する。
「えと・・・ブラは70のFを・・・」
「すごーい! スーツ越しでも目立ってるけど、それでも着痩せして見えるのね、文兎は。」
右手に伝わる鼓動が、だんだん速くなってきているように感じるのは、気のせいではない。
「そうでしょうか・・・」
顔を伏せたまま微動だにしない文兎を見つめる私の目元が、無意識に少し細くなる。

「文兎。 どうして私の手から逃げないの?」
揉むように動かしている掌を止め、文兎の耳元に顔を近づけて問いかける。
ジャグジーバスのボコボコと湧き上がる音が、自分の身体を巡る血管から聞こえてくる気がする。
「わたくしは・・・紫鈴様が湯浴みの合図をドイツ語に変えられた時からこうなる気がしておりました。」

『こうなる』とは、どうなることなのか、私には意図していなかった何かを、文兎は感じているのだろうか。


 

 

 

 

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