Vier mädchen その20


和桜の誕生日会が終わって他の生徒会メンバーを見送る。
生徒会室の片づけも済み、皆一様に笑顔を残して帰って行った廊下の奥を、ほんの少しの間、見つめる。

終業式の日は部活も無いから、既に閑散とした校舎を足早に家庭科室へと向かう。
時刻は3時を過ぎ、擦れ違う生徒は一人もいない。

「お疲れ様でございました。 紫鈴様。」
家庭科室の前で私を待ち受けるように佇んでいた文兎は、待ち人を視界に捉えると小さく頭を下げた。
「文兎こそ、今日の会食はあなたのおかげで成功したと言っても過言じゃない。 ありがとう。」
「恐縮でございます。 ですが、わたくし一人で成し得た訳ではございません、既に撤収したシェフ達にも、
同様のお言葉を掛けてあげて下さいませ。」
素直に言えた感謝の言葉が、文兎には相当嬉しかったのだろう。
謙遜しつつも笑みがこぼれるのを隠せないみたい。

「撤収も済んでるのね。 手際の良い事。」
あれだけ大掛かりな膳立てをしたのだから、さぞ大変だろうとわざわざ様子を見に来たのに、彼らの優秀さが
嬉しくもあり、ちょっと残念な気もした。
「もちろんでございます。 本日は、もうご帰宅なさいますか?」
確かに用事は済んだので、私はそうねと返事をして家庭科室を後にする。

文兎と学校の中を歩くというのは、なんだか落ち着かない。
許可を取ってあるんだから、部外者を連れ込んでいるという事に対しての罪悪感など感じる必要はないのに。
だとしたら、この感じは何なのか。

「紫鈴様?」
不意に名前を呼ばれ、背筋が跳ねた。
後ろを歩いている声の主を振り返ると、すべて心得たような微笑みがそこにあった。
「車を回して参りますので、先に行きますがよろしいでしょうか?」

・・・。

ふん。
見透かされているようで、腹立たしい。
どうして、わかるのよ。

「部外者が生徒と一緒じゃなかったら歩きにくいでしょう? ・・・構わないから。」
付け足した言葉は、本当に文兎が私の気持ちを察しているのか試すため。
「はい。 畏まりました。」
返答も、表情も、私が望んだ『真の』答えではなかったけれど・・・まぁ、いい。

「それより文兎。 別荘の手配、恙なく済んでる?」
辿り着いた階段を下りながら、後ろを振り返って確認する。
「使用スケジュールは問題ございません。 ただ・・・」
ふぅ。 やはり『あっち』の方が問題なのかと思うと、表情に出さないよう心の中で溜息をつく。
「あの別荘は岩淵本家の所有でございますので、部外者を連れて行くというのは難しいかと存じます。」
あくまでも冷静に、文兎は立ち塞がる障害を説明する。

「もう誘いの手紙を渡してしまったんだから、今更やっぱり駄目だなんて言える訳がないでしょう。」
「そう仰られましても・・・」
困らせたい訳じゃないけど、どこかで余っていた苛立ちが加算されてつい悪態をついてしまった。
・・・落ち着きなさい、私。

そう、私は先程、夏休みという事で和桜を別荘に誘う手紙を渡したのだ。
和桜が私に接する態度の真意を、他の誰にも聞かれる事の無い場所なら引き出せるんじゃないかと思って。
どこか別の場所でも良かったけど、和桜に、あの素晴らしい岩淵の別荘を見せたいのだ。

そんな事を考えながら1階に到着すると、ある閃きが私の脳裏に浮かび上がった。
「文兎。」
「はい。紫鈴様。」
階段を2段残した位置にいる文兎に、私は振り返らずに呼びかける。

「使用許可を、二人とペット一匹で取ったらどう?」
最後の1段を下りようとした足音が、止まった。
「本気で、仰っておいでですか?」
低く抑えられた声が私を探っているように思えたけど、気にせず私は前進と言葉を続ける。
「別荘の内側は監視されてるわけじゃないんだから、それで充分だと思うけど。」
文兎が付いて来ている事を、ちらりと確認する。
「その前に、本家側の人間と会う事になりますが、大丈夫でしょうか?」
「『運転手』ね。 それなら大丈夫。いいから任せなさい。」
「・・・畏まりました。」

文兎は、それ以上は何も言わず、ただ一度、私の後ろで頭を下げた。


 

 

 

 

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