Vier mädchen その21


「・・・・・・!! ちょぉっとおお! すぅちゃぁあん! こんなのぉ、聞いてないんだけどぉお!」
凄まじい勢いの風にはためく白いワンピースの裾と麦わら帽子を押さえながら、爆音に掻き消されないように
隣に立つ私に精一杯の声を張り上げて和桜は文句を言った。
「当たり前でしょう。 言って無いもの。」
エレベーターが後ろで閉まり、そんな状況で普通に告げたけど、聞こえなかったのか和桜から返事はなかった

 

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手紙を渡した日の夜、和桜の答えは私のメールにやってきた。
『はろーん(^0^)/ すぅちゃん☆ メアド教えてくれてちょ→うれし→なっと! 旅行のお誘いなんて
ウルトラハッピ→↑ 絶対行く行く! 海かな?山かな?それとも宇宙の果てまで??(^ ^;)
も→(> <)今から楽しみでマジたまらんですばい!ハァハァ(゜Д゜;)
それじゃ、グッナイ☆ おやすみ〜☆(^ ^)ノシ 』

・・・・・・。

このメールを全校生徒に晒したら、本当にあの和桜が書いたものだと信じるかしら。
というかテンションが上がってる様なのは分かったけど、証拠が残るメールという手法で、私だけへの態度を
表してしまうなんて、意外と和桜も迂闊ね。

それとも、このメールを、私が誰にも見せたりしないという確証があってのことなの?

実際、それは当たっている。
そんな事をしても私には何の得にもならないし、意味も無い事を私がしないという事を和桜は分かってるから。

スマートフォンのメール画面を切り替え、細かい考えに囚われた自分を諌めるように電話で文兎を呼び出す。
「御用でしょうか、紫鈴様。」
「文兎。 別荘の件、予定通り進めて。 和桜からOKの返事が来たから。」
「・・・畏まりました。」
勉強机の背もたれにお風呂上がりの背中を預けながら、私は電話を切った。

 

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近寄りがたい風と音に尻込みする和桜を気にしながら、私はその発生源へと歩を進める。
機体に横付けされたステップを3段上ってヘリの座席へ乗り込み、外で待つ和桜に手を差し伸べる。
不安な気持ちの表れか、少し汗ばんだ掌は、ぐっと力強く握り返された気がした。
私を見上げるその表情は不安げで、いつもより少し、白く感じる。

入口から見て奥の席に座った私は、席の前に掛けてあるインカムヘッドホンを頭に付け、和桜には表情で
それをつけるよう促す。
機体の外よりは幾分ましだけど、ヘッドホンが更に騒音を吸収してくれるし、話すにはあった方が便利だ。
「和桜、大丈夫? 手元のスイッチで『3』を押しながら喋ってみて。」
戸惑いを隠せない和桜を、シートベルトを着けながら促す。
「あー、あー、まいってすっ、まいってすっ。 ・・・すぅちゃん聞こえてる?」
「えぇ、大丈夫よ。 『3』を押せば私のヘッドホンだけに、赤いボタンを押しながら喋れば、同時に全ての
ヘッドホンに対して話せるから。 それから、シートベルトして、携帯の電源は切ってね。」
「りょ、りょーかい・・・。」

和桜があたふたと支度を整えている間に、私は操縦者に会話を繋ぐ。
「お久しぶり、瓜巣さん。」
「ようこそ、お嬢。 快適な空の旅を約束しますぜ。」
どこか飄々とした中年男性の声が、私のヘッドホンに流れ込んでくる。
この男・・・瓜巣さんは、岩淵本家の『運転手』。
あらゆる乗り物を運転できて、今はロケットの操縦方法まで勉強中だとか。
イワブチの会長誘拐事件の際には自動車だけでなく、バイク、ヘリコプター、モーターボート、ブルドーザー、
戦車、自転車、スケボーにリヤカーを乗りこなして救出したという逸話があるらしい。
・・・真偽のほどは分からないけど。

「それより驚いたぜ。 まさかそんなペットを飼ってるなんてな。 金持ちの趣味はこれだからわからねぇ。」
「何とでも言いなさい。 そのための『口止め料』、忘れてないでしょう。」
「へっ、分かってるって。 俺は貰った金の分は働くから安心しな。」
顔をこちらに向けないままの会話なので表情は覗えないが、きっと下卑たニヤニヤを浮かべているに違いない。
それでも、彼が信用できる人物だという事は間違いないのが、今回操縦者に選んだ理由。

部外者無用の別荘地に和桜を連れて行く計画は、こうして無事に成し遂げられた。
荷物を積み終えてドアを閉めた文兎が副操縦士席に着くと、鋼の機体は待ちくたびれたようにゆっくりと、
その体躯を空中へと持ち上げ始めた。


 

 

 

 

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