Vier mädchen その22


「ここ・・・どこ?」
1時間余りのフライトを終えてポートに降り立ったヘリが飛び去ったのち、和桜は真っ先に私にそう尋ねた。
「うちの一族が所有する別荘地よ。」

周りを刈り込まれた草で囲まれたヘリポートからは、緩やかな丘陵に沿って続く舗装路が森の奥へ延びている。
「本土からおよそ200キロほど南南東の洋上に浮かぶ無人島群のうちのひとつでございます。」
輸送してきた荷物を、ヘリポートに待機させておいたカートの荷台に乗せながら文兎が補足する。
「む、無人島!?」
たぶん言葉の響きだけで咄嗟に嫌そうな表情を浮かべたであろう和桜に、私は更なる解説を付け加える。
「無人島と言っても人が定住していないだけで、設備はいわゆる別荘地の比じゃないわ。 この島全体が、
イワブチの技術の結晶と言っても過言じゃない程でね、まぁ、見てもらえば分かると思うから行きましょう。」

胸元に握りしめた手を強引に引っ張り、文兎が運転席で待つカートに和桜を連行する。
カートはゆるりと滑り出し、真っ白な屋根に真夏の日差しを受けながらアスファルトの路を森へと進んでいくと
適度に日光を遮り海風に揺れる常緑樹の葉々が、私達を迎え入れてくれるようにさざめく。
不安そうな表情の和桜を横目でちらりと確認してから、私は足を組み替えて声を掛けた。
「驚かせちゃった?」
「う、ん・・・ かなり。」
言葉少なになってしまった和桜の手をとると、それは柔らかく握り返してきた。
「大丈夫。」
不安を煽らないよう、ただ一言、私は和桜の耳元にそう囁いた。

島の中央にある急斜面を迂回するように森の中を走ること3分足らず。
開けた目の前に広がるのは、穏やかな波を湛える入り江と白い砂浜。
静かな電動カートが走る音にさえ掻き消されそうな波音が、静かに時を刻んでいる。
その傍らにはバリのリゾートホテルを思わせる別荘が、以前と変わらぬ佇まいで私達を出迎えてくれていた。

「うわ!すご! 素敵・・・」
周囲を何度も見渡しながら、和桜が途端に表情を輝かせる。
「ふふ。 喜んでもらえて良かった。」
それは、自分でも驚くほど素直な感想だった。
それが、つい口から勝手に零れ落ちてしまったのだ。
それって、どうしてだろう。

「・・・! すぅちゃん、今、すごい可愛かった。」
和桜は唐突にそう言うと私を引き寄せ、私の目を上目遣いで覗き込む。
「な、何・・・よ?」
『今、可愛かった』だなんて、普段可愛くないって事?
思っただけでその言葉は出て来なかったけど、代わりにボッと頬が熱くなった。

「遠路お疲れ様でございました。 お荷物は後程降ろしますので、まずは中へご案内致します。」
ガクンと強めにブレーキを掛けてエントランス前に停車したのち、文兎が下車を促す。
私と和桜がついてくるのを確認した文兎は、私達を入ってすぐのリビングで待つよう告げると、カートから
荷物を下ろすために外へと小走りで出て行った。

「うわ〜・・・ いい雰囲気。くつろげそー。」
ゆったりとしたチークソファーにぽすんと腰を下ろし、和桜は周囲を何度も見まわす。
30畳ほどのリビングの床は大理石。ダイニングとしても使用できる中央の大テーブルを囲むソファが、今、
私達が座っているところで、部屋の東西に客室へのドアがあり、四隅にはケンチャヤシの鉢植え。
玄関から入った正面、リビングの北側はプールになっており、その庭園の両脇には2室の客室とキッチンや
ランドリーと言った設備が揃っている。
「気に入った?」
「もち! さっすが、すぅちゃんはいいなー。 こんなすごい別荘があって。」
満面の笑みを浮かべる和桜の足元がそわそわしている事に気付き、私は和桜を開放する言葉を掛ける。
「中を見てくると良いわ。 それで今夜和桜が使う部屋を選んで頂戴。」
「いいの!? んじゃ、お言葉に甘えてちょっと見てくるねー!」

ぱたぱたとスリッパの音を響かせながらソファを後にした和桜と入れ替わるように、玄関から文兎が
和桜のキャリーバッグと私の旅行鞄を手に戻ってきた。
「紫鈴様。 邸内を勝手に調べさせてよろしいのですか?」
「大丈夫よ。 部屋を見に行っただけだもの。」
警告然とした低い声で私を問い質す文兎を、座ったままで見上げながら私は答える。

「それより文兎、今日の夕食は?」
「・・・・・・。 畏まりました、荷物をお部屋に運びましたら、支度に取り掛かります。」
不自然なほどにこやかな表情を作って話を変える。
文兎はその意味を心得ているので、それ以上は何も言わずに二人で和桜が戻るのを待った。


 

 

 

 

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