Vier mädchen その24


今日は、すぅちゃんといっぱい遊べてとても楽しかった。
ここに着くまではいきなりな事ばっかりで驚いたけど、ヘリコプターに乗ったのは初めてだったし、こんなに
素敵な環境の島で泳いだりとか、砂浜で遊んだりとか、文兎さんのお料理だっておいしかったし・・・

そんな事をひとつひとつ思い返しながら、あたしは天蓋付きの”お姫様ベッド”を転げまわる。
このベッドがあるのはこの部屋だけだったから、あたしはここを使わせてもらったんだっけ。
玄関からは一番遠い奥の部屋だけど、そんな事は関係ない。
だって、こんなに素敵なベッドがあるんだも〜ん!

すぅちゃんにすら見せられないようなにやけ顔のまま、ふと南国風装飾の壁掛け時計に目をやる。
時刻は22時半を回ったところ。
夏休みでもない平日だったら、委員会や勉強の事に追われている時間かな。
それに最近は・・・すぅちゃんの事を考えている事も多い。

今年の入学式で初めて会ったあの日。
すぅちゃんには、周囲の皆とは違う『何か』を感じた。
それは、可愛いというより美人と言いたい顔とか、後で知った事だけど主席入学だったとか、近くにいると
ふわりと良い匂いがするとか、それもあるんだけど・・・
安心していいって言うか、弱いところを見せても大丈夫な気がした、のかな・・・

初対面の相手にそんな風に感じるなんて、今まで無かった。
今年度最初の生徒会で、すぅちゃんを副会長にした事が直感通り正解だったことを思い知った。
彼女は巨大企業の令嬢で、人の上に立つことを運命づけられた人間であると。
人を動かし慣れていて、大勢に対して話すのも上手。
あたしみたいに皆に祭り上げられて演じているのとは違う、本物の統率者の威厳の様なものがそこにはあった。

その日の会議が終わって生徒会室に二人きりになった瞬間、あたしの頭から、感情が迸ってしまった。
緊張した、怖かった、身体が震えてた、不安で仕方が無かった・・・
私がぶつけたネガティブな部分を、少し驚いたみたいだったけど、彼女は受け止めてくれた。
それは恐らく、学校での私がどういう評価を得ているか知らないからこそ、出来たのだろう。
泣きそうになりながら抱き付いたあたしを、気持ち悪がったり、煩わしがったりもせず、ただ褒めてくれた。

あたしの頭を撫でながら『頑張ったね』って。

だから、できることなら、もっと、すぅちゃんの傍にいたい。
あたしを、もっと、褒めて欲しい。 もっと、頑張るから・・・

でも、そのためには越えなくてはならない障壁がある。
今日はそれを確かめるために来たと言っても過言じゃない。
文兎さんと・・・すぅちゃん抜きでゆっくり話せる機会なんてそう無いはずだから。

私は最高の寝心地を追及して作られたベッドから跳ね起きると、どうしたら辿り着けるか思考を巡らせる。
中庭を囲むU字型のこの建物の構造上、一番奥のあたしの部屋から、反対側の一番奥の文兎さんの部屋へ
行くには、空き部屋二つ、すぅちゃんの部屋、リビング、角の空き部屋、キッチンとランドリー、空き部屋を
全て抜けて辿り着かなければならない。
廊下が無く、直接部屋同士が繋がっている為、リビングに出るにはすぅちゃんの部屋を通る必要がある。

いや、そうだろうか。 ・・・まだもう一つ、道はある。
すぅちゃんには悪いけど、内緒で文兎さんに会うためにはこっちしかない。
中庭を抜けて直接窓から入れば、すぅちゃんの部屋は通らないし、角部屋のそこからは中庭が見えない。
考えるまでも無く窓を開け、あたしはスリッパのまま中庭へと飛び出した。

東京より南の洋上なのに、不思議な程空気は湿り気が少なく、夜の空気が快適に感じる。
中庭に面した大きな窓を視線から遮るための衝立の陰からプールのある中庭に出ると、まだ登りきらない月が
まんまるな姿であたしを見下ろしていた。
月明かりに照らされながら反対側の衝立の奥の様子を探ると、キッチンにだけ、明かりがついていた。

キッチンの窓に近づくと、案の定そこには文兎さんがいて、明日の朝食の準備の為か、何かの仕込みを
しているところのようだった。
ノックをしようと近づくと、それより先に文兎さんがこちらに気付き、窓を開けてくれた。

「湯島様。 如何なされましたか?」
「その・・・喉が渇いてしまって、何か飲み物を頂けたらと思いまして。」
あくまでも丁寧な敬語を話す文兎さんにも、どうもわたくしは緊張してしまいます。
「畏まりました。 どうぞお入り下さいませ。 何か、御所望の物がございましたらお申し付け下さいませ。」
「何がありますか?」
流石に何でもある訳ではないはずと思ったわたくしの返答を受けて、文兎さんは脳内の冷蔵庫の扉を開けます。
「水に麦茶にスポーツドリンク、コーヒー、紅茶、牛乳、それから紫鈴様が毎朝飲まれる豆乳ヨーグルトを
持ち込んでおりますが、果汁のジュースをお望みでしたら畑まで参りますので少々お時間を頂きます。」
豆乳ヨーグルト・・・健康に良さそうだけど、岩淵さんは変わったもの飲んでいるようです。

「ちなみに、豆乳ヨーグルトはご就寝前にはお勧めできかねます。 タンパク質が多くカロリーがございますし、
糖分も含んでおりますので。」
わたくしが何か思案しているのを察知したのか、文兎さんがそう補足しました。
「じゃぁ、お水をお願いします。」

文兎さんは畏まりましたと冷蔵庫へ歩を進めると、グラスにミネラルウォーターを注ぎます。
ことことと音を立てているお鍋からはコンソメの香りが漂っていて、明日の朝は美味しいスープが飲めそうな
予感がします。
「お待たせ致しました。」
そう差し出された水を一口含んでから、わたくしは気持ちを落ち着けて本題を切り出すことにしました。

「文兎さん、実は、ちょっと聞きたい事がありまして・・・」


 

 

 

 

その23へ     その25へ