Vier mädchen その27


ガガガガ・・・ガガガガ・・・
ひと泳ぎして部屋に戻って少し時間が経ち、そろそろ寝ようかと思い始めた頃に、机の上のスマホがメールを
受け取って何度か身震いしたのに気付いた。
メール着信画面を開くとそれは和桜からで、先日のような弾けた様子も無く言葉少なに用件が書かれていた。
どうやら今から話がしたいみたいだったので、たった3文字『どうぞ』とだけ打ち込んで返信する。

それから1分もしないうちに扉が軽くノックされたので、私はドアノブに手を掛ける。
こんな時間に何の用事かしら。
一瞬そんな考えがちらついたけど扉を開ける。
そこに立っている和桜は、先程玄関前で花火をやってはしゃいでいた時とはまるで別人のような表情。
何かあったのかと思い、私はどうぞとテーブルに案内する。

お邪魔しますと言って入ってきた和桜は、勧められるがまま私の向かいのソファーに腰を下ろす。
「あの・・・すぅちゃん、今日はありがとう。 すっごく楽しかった。」
言葉とは反対に、とても心の中から出て来たとは思えない微笑みを張り付けながら、和桜が礼を述べた。
「いえ、楽しんでもらえたならいいんだけど・・・和桜、何か変よ、どうしたの?」
ぎこちない態度が気になって仕方が無い。

「う・・・あ、あのね、すぅちゃん・・・あたし変なの!」
テーブルに身を乗り出してうるうると涙を溜め始める和桜に、私はどう返したものかと思案する。
「えぇ、変ね。 どうして変なのか、話してくれる?」
「やっぱり、変?」
一旦涙の生産を止め、和桜は小首を傾げる。
「まだ分からないけど、どうしてそう思うの?」
ふんにゃりとした態度にちょっとイラついたけど、仕切り直して問い直す。

「う、うん、あの・・・でも・・・」
テーブルに視線を固定したままもじもじする和桜を見上げ、しびれを切らした私は先に質問を切り出す。
「和桜。 以前から気になってた事があるんだけど、先に聞くわよ?」
「う、え、う、うん・・・」
「和桜はどうしてみんなの前と、私だけの前で、こうも態度が違うの?」
正面に見据える和桜の目は泳ぎっぱなしで、私の質問を理解しているのかすら不安な様子。
「・・・やっぱり、気付いてた?」
「気付かない方が難しいと思うけど、ねぇ、どうしてなの?」
「怒らない?」
「怒る訳ないでしょう。」
再びイラッとさせられたものの、辛抱強く答え始めるのを待つ。

「えぇと・・・あのね、このテーブル分の距離が遠いってゆーか・・・」
「・・・?」
話し始めはしっかり私を見つめていたのに、言葉を探すうちに和桜の視線は件のテーブルへと移る。
「こんな事言っても、きっとすぅちゃんには迷惑なだけだって分かってるけど・・・」
テーブルについていた和桜の手が、自らを奮い立たせるためかゆっくり握りしめられていく。
それはきっと、何か大事な事を伝えようとしているのではないかと察した私は、ただじっとその続きを待つ。

「あの、ね、あた、し・・・」
落ち着いているはずの私の鼓動までが何故か高まってくる程の緊張が伝わってくる。
音の無い世界に、和桜の声だけが生まれて来ようとしている。

「その・・・すぅちゃんのコトが、気になるの・・・たぶん、好き、なの・・・」

ようやく吐き出された言葉は尻すぼみで、最後の方はこの別荘でなかったら聞き取れないほど小さく震えていた。
しかし、真摯に私を見つめる瞳の奥は揺るぎなく、想いの強さを秘めていた。

突然の告白に、私は頭の中で和桜の気持ちを推測し、話の筋道を構築する。
「好きだと、接する態度が変わるって事?」
「う、えと、たぶん、その逆で、すぅちゃんといると、頼っていい人がいるんだなって安心するってゆーか・・・」
しどろもどろの和桜は、力なくテーブルに乗り出していた身体を縮めてソファーに戻っていく。

「和桜。 今、あなたが自分で言った通りよ、あなたの気持ちは。」
「え・・・?」
私の言った意味が理解できないのか、和桜は見詰められている目をちらちらと彷徨わせる。
「その気持ちは『好き』じゃない。 私に甘えているだけ、そうでしょ?」
----『そうでしょ?』
それは『そうであって欲しい』という自分に対しての願いだったのかもしれない。
そのせいか低く抑えた声が出て、和桜は小さく肩を震わせ私を見つめ返す。

和桜の反論を待つ、小さな沈黙・・・

「んーん。 違うよ。 もしそれだけだったら、すぅちゃんのコト考えただけで溜息なんて出ないもん。」
再びじわじわと浮かび始める涙に滲んだ声が、私の懸念を肯定した。


 

 

 

 

その26へ     その28へ