Vier mädchen その28


―――― 一昔ほど前の話です。
明進高校には、のちに『伝説』と呼ばれることになる生徒会長がいました。
彼女は様々な学園生活改革を行い、現在の生徒会の基盤を作ったとも言える人物です。 ――――

「すぅちゃんが、あたしのコト別に好きじゃないって事くらい分かってる。 でも・・・」
そこで一旦言葉を区切り、和桜は昂る気持ちに引き攣った深呼吸をする。

「好き・・・なの・・・」

―――― ほんの3年前の話です。
大学院を卒業した彼女は、一族に反旗を翻しました。
自分より劣る弟を重用し、自らの実力を理解しない親やその親が経営する超巨大企業を嫌っていたからです。
そして、政略結婚を迫られた彼女は家を飛び出しました。 ――――

和桜の目から零れ落ちる涙が一粒。
私の口から零れる溜め息が一つ。
「それを言えて、少しはすっきりした?」
たっぷりと沈黙を挟んで、目を赤くしている和桜を見上げる。
落ち着く気配はなく、まだ小さく肩を震わせている和桜が私を見つめ続けている。

「和桜の気持ちは分かったわ。 そういう理由なら、私に対する態度の違いにも納得できるけど。」
和桜が返事をしないので、私は言葉を続ける。
「告白した後の事は、考えた?」
組んだ脚の太腿に肘をつき、顎の下で組んだ手を解かぬまま問いかけるも、和桜は小さく頭を振るだけだった。

「私が和桜の事を好きじゃないって思っていたんでしょ? なら、どうして告白したの? 告白しても、
受け入れてもらえないと思っていたなら、どうして!?」
不思議な事に、私の声はどんどん大きくなっていく。
苛立ち? 怒り? 不安?
『理解できないという事』が私の胸の奥をもやもやさせるから、私は組んだままの手をテーブルに叩きつけた。

ビクンと、和桜の身体が大きく跳ねた。
驚かせるつもりはなかったけど、結果的に和桜は顔を伏せ、ついには自分の脚に視線を落としてしまった。
「あ・・・ ごめんなさい。 怒ってるわけじゃないの。 ねぇ、教えて、和桜。」
自分が出した音にハッとなり、慌てて優しい声で取り繕う。
私は、困っているのだろうか?

「あたし、初めて、すぅちゃんと、生徒会で、一緒に、なった、時から、ずっと、すぅちゃんの、コト、好きで、
でも、あたし、すぅちゃんに、頼って、ばっかりで、あたしは、すごくないのに、すぅちゃんは、すごくて・・・」
しゃくり上げながら話し始めた和桜の言葉は支離滅裂で、幼稚園児の言い訳のように見苦しい。
・・・なのに、なぜ、真剣に聞いてしまうのだろう。
「すぅちゃんの、コト、ばっかり、考えて、こんなの、『好き』、以外に、説明、つかない、けど、きっと、
すぅちゃんは、あたしじゃ、なくて、文兎さんの、コトが、好きだから・・・」

「和桜? ちょっと待って!」
予想外の単語が和桜から飛び出してきて、私はそれを止めた。
「ふぇ・・・」
また怒られたように聞こえたのか、和桜が小さく体を震わせて胸元に手を固める。

「文兎は、関係ないでしょう? どこからそんな事・・・」
またややこしい勘違いが出て来たけど、こうなったらすべて解決してあげるべきだとも思う。
そうしなければ、和桜も納得してくれないだろうから。

「だって、すぅちゃん、文兎さんの事話すとき、すごく嬉しそうだもん・・・」
少しずつ、言葉の途切れるペースが長くなってきたのは、落ち着きを取り戻しつつあるという事だけど、
和桜は拗ねたような口調で涙を拭う。
「何を勘違いしてるか分からないけど、文兎は優秀な家政婦よ。」

納得がいかないのか、和桜は無言で私の言葉を待っている。
「和桜は珍しい服や素敵なコスメ、綺麗なアクセサリーなんかを手に入れたら誰かに自慢したいと思わない?」
「・・・う、まぁ。」
きっと、和桜は学校で誰かに自慢なんてしないだろうけど、一般論として受け入れたのだろう。
「優秀な人財に巡り合える事は幸運よ。 私がそれを自慢するのはおかしい?」
「じゃぁ、好きじゃないの?」
「好きよ。 人間として、家政婦として。 でもきっと、和桜の言う『好き』じゃないと思う。」

私の答えに、和桜はまた口をつぐむ。
承服できたのか、顔を上げた和桜が縋るように声を絞り出す。
「すぅちゃん、あたしじゃ、ダメかな? 迷惑? 邪魔? 好きになって欲しいなんて自分勝手な事言えない、
でも、あたしのコト嫌いじゃなかったら、もっと、傍にいたいの・・・ お願い・・・」

たぶん、今ので、最後だ。
ソファーから降りて膝をつき、座ったままの私を見上げて手を差し出した和桜の、最後の、覚悟。
「和桜。 気持ちは嬉しいわ。 私を好きになってくれてありがとう。 ・・・でもね。」

―――― 私のよく知っている彼女が、家を飛び出した時の話です。
その傍らには、彼女につき従う人物が二人いました。
一人は彼女を世話していたハウスキーパー、そしてもう一人は、彼女の同級生で同じ生徒会を支えた人物。
彼女たちは、打倒イワブチを掲げて新たな会社を興し、日夜戦っているそうです。
先の見えない、勝利を掴むその日を信じて・・・ ――――

「私は、ずっとあなたの傍には居てあげられない。 それがどんな未来につながるか、知っているから。」


 

 

 

 

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