Vier mädchen その29


時間が、止まったような気がした。
鼓動が、止まったような気がした。
呼吸が、止まったような気がした。

なのに、涙が、止まらないよ・・・

わかってた。
わかってたよ・・・あたし。

全部、すぅちゃんの言う通りだもん。
弱音を聞いてくれるから、すぅちゃんに甘えてるだけ。
甘えさせてくれる・・・ それだけで充分なはずなのに、欲張ったあたしが悪いんだよね。

「そ、そう、だよね・・・ やっぱり、無理、だよね・・・」
笑顔で幕を引きたいのに、強張った唇がぶるぶると震えて、どう頑張っても笑顔になれない。
ダメならダメで、ちゃんと終われるようにしないといけないのに。
・・・自分で決めた事だから。

「そうね、ずっとは無理ね。」
がさがさとノイズを伴って、すぅちゃんの言葉が鼓膜に突き刺さる。
せめて、今までと同じ関係でいられるように。
すぅちゃんに距離を置かれないように。

「あ、う・・・ う、うぅっ・・・」
喉の奥が引き攣り、言葉にできない想いが気道に詰まって出て来ない。
ぼやけた視界に映る微動だにしないすぅちゃんは、こんな見苦しいあたしを、今どう思っているのかな。

「そんなに泣かないで、和桜。 まだ話は終わってないでしょ?」
すぅちゃんはそんな事をさらっと言うけど、それがまた、一段と悲しかった。
「だ、だ、って・・・」
慰めてくれるつもり?
だとしたら、余計にみじめになりそうで、怖くなる。

「落ち着いて、和桜。 ずっとは、一緒に居てあげられない。 ・・・この意味が解る?」
「ふ、え・・・ ?」
もじゃもじゃで溢れかえっていた頭の中身をすぅちゃんが解こうとしてくれている事に気付き、あたしは必死に
気持ちを静めようと、大きく息を吸い込む。
「どう? ・・・解る?」
何度か深呼吸をした後、相変わらず優しい問いかけが、もう一度あたしの脳を訪ねてきた。

「・・・わかんない。」
そんな優しい声で断るんだから、そんなの、もう終わりって事じゃないの?
自分でも声が不貞腐れている事がわかるくらいには、あたしは落ち着いたのかもしれない。
「はぁ・・・ いい? 和桜、あなたは私より一年先に卒業するの。それにきっと、大学だって違う所に行くし
社会に出ても違う仕事をする。 ・・・そうでしょ?」
テーブル越しに語り掛けるすぅちゃんの顔も、ようやく判別できるようになってきた。
その表情は、いつもと変わりない、ように見える。

そんなこと、今聞かれてもわからない。
考えた事も無いし、先の事なんてどうなるか・・・
返答に迷っていると、あたしの表情を覗ってからすぅちゃんは言葉を続ける。

「だから和桜が卒業するまでは、甘えたらいい、と思うの。」

・・・

・・・え?

「甘えてもいいと言っても、ただ甘えるんじゃなくてね。 『学校での和桜』ってストレスが溜まるんじゃない?
だから、少しずつでいいから『本当の自分』を出せるようにしていくの。」
すぅちゃんは、あたしの為を思って一緒に居てくれるってコト・・・?
「優等生の和桜も甘えん坊の和桜も、どっちの和桜も私には大事な和桜の構成要素だと思う。 だから、
今みたいに極端な状態じゃなくしていけば、和桜はもっと素敵な人物になれるんじゃないかと思うの。」

すぅちゃん・・・
二人の間にテーブルが無ければ、あたしはすぅちゃんを思いっきり抱き締めていたに違いない。
「すぅちゃん・・・いい、の・・・?」
見上げたすぅちゃんの顔には、優しい微笑み。

「そうね。 そんな素敵な人物を世に送り出すために私は、私自身を和桜に投資する、そんなところかな。」
すぅちゃんは一度天井を仰ぎ見て、そっと目を閉じた。

あたしには・・・その胸中を探る事なんて、今は到底できそうにない。
いつか聞く日が来るかもしれないけど、その時にはもう覚えてないかもしれない。
すぅちゃんの期待に応えるために、今はやるべきことをしないといけない。

「すぅちゃん・・・あり、がと・・・うっ、くっ・・・」
「あーもー。また泣く・・・ 和桜、そんなに泣いたら目が腫れるわよ。」
「だ、だって、嬉し、から、うっ、ひっ・・・」

ひたすら泣き続けるあたしを、テーブルを回り込んできたすぅちゃんは、そっと抱き起してくれた。
極上のバスローブ越しの温かさが、一晩中、あたしを包みこんでいてくれた。

アタシハ、カラッポダッタ。

アナタヲミタスタメニ、アタシヲ、ミタシテ・・・


 

 

 

 

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