Vier mädchen その30


「おはよう、文兎」
リビングへのドアを開けると、ちょうど文兎が朝食のセッティングに甲斐甲斐しく立ち回っている所だった。
私の声に気付いた文兎は一旦動きを止めて私とその後ろにいる人物に向けて頭を下げる。
「おはようございます。 湯島様、紫鈴様。」
「おはようございます、文兎さん。」
私の後ろで頭を下げたであろう和桜の声は、よそ行きの『学校の和桜』のものだった。

・・・まぁ、慣れろと言っていきなり出来る訳がないわよね。

「お二人とも、ご一緒でございましたか。」
「えぇ、リビングに行こうとした和桜に起こされたの。」
一緒の部屋で寝ていたけど、嘘はついていない。
・・・って、なんで自分に言い訳してるのかしら、私は。

温かな湯気を立てる野菜たっぷりコンソメスープのボウルを覗き込みながら、私は朝食の席に着く。
今朝はそれにスクランブルエッグを挟んだベーグルと豆乳ヨーグルト。
ふふ、流石は文兎。 ちゃんと私が毎朝飲んでる豆乳ヨーグルトを持って来てくれているのね。

私の向かいに座った和桜は、文兎に何を飲むか尋ねられて私のコップを指さした。
畏まりましたとキッチンへ向かう文兎の背中に視線を投げてから、私は和桜に顔を向ける。
「和桜、これが何か知ってるの?」
『これ』を示すため、手元のコップの中身を一口口内に注ぎ込む。
普通のヨーグルトとは異なる独特の香りと、それに加えた蓮華の蜂蜜の香りが鼻腔に抜けて行く。

「え、えと・・・んーん、すぅちゃんと同じのが飲みたいな、と思って。」
「・・・? そう。」
何か違和感を感じたけど、私は気にせず食事を始める。

窓の外は、これから暑くなりそうな夏の日差しが白い砂浜に照り付けていて、眩しい程に輝いているよう。
和桜に豆乳ヨーグルトを持って来た文兎は小さく一礼すると、帰宅準備の為か小走りで玄関を出て行った。

こんな光景、確か去年も見た気がする。
今と同じ、この場所で・・・

ただ、去年と違うのは、私の目の前にいるのが両親や家政婦たちではなくて、和桜だという事。

ぼーっと、何も無い、和桜の少し上あたりを見るとはなしに見ていた私の脛に、何かが当たった。
ハッとなってテーブルの下を覗いてみると、和桜の白い脚がまるで子供のように交互に揺れていた。
「和桜、行儀が悪いじゃない。 私の脚に当たったんだけど?」
軽く注意するも、和桜は幸せそうな微笑みを浮かべながら、ちょいちょいと再び爪先で私の脛を突いてきた。

ふぅ・・・わざとやってるのね。
それならばこちらにも考えがあるというもので、さらに悪戯しようとやってきた和桜の脚を両脚でがっしりと
挟み込むと、張本人はきゃっと小さな声を上げてから噴き出すように笑い始めた。

「和桜。 食事中に遊ぶなんて子供じゃないんだから。」
「はぁ〜い。 ごめーん。」
適当な声で反省した振りをする和桜が、また小さく笑う。

「どうしたの、和桜。 ずっと嬉しそうにしてるけど・・・」
「え〜? うふふ。 だって、こうしてすぅちゃんとイチャイチャしてると、なんか当麻さんと永江さんの気持ちが
ちょっと分かるなって思って。」
「イチャイチャってね、その二人じゃあるまいし・・・・・・ん?」
恋人同士じゃないんだから、というセリフが出て来ようとして、喉の奥に消えて行った。
屈託のない笑みで頬を染める和桜の言葉に、今更、私は昨夜自分が言った事の意味を思い起こしてみる。

あれって、結局、和桜の告白を受け入れたって事なのかしら・・・?
いや、甘えて良いとは言ったけど・・・

「なんで〜? いーじゃん。 こうしてイチャイチャできるのは、恋人同士の特権でしょ!」
ダメ押しとばかりに、和桜が私達の関係をレッテル化して貼り付けた。
「和桜、私は、そんなつもりじゃ・・・」
言いかけた私の手に、腰を浮かせた和桜の手が食卓の上を越えて重なった。

「ほら、これが、あたしの気持ち。」
柔らかくて、温かい、和桜の手。
今までそれが触れる事に対して、さして意識する事は無かった、はずなのに。

・・・どうして動揺してるのよ、私!?

「えへへ、これからも、よろしくね。 すぅちゃん。」

外の日差しに負けない明るさの笑顔が、隙を作ってしまった心に降り注いできた。

だから、私は初めて、人の顔を見ずに頷いてしまったに違いない。


 

 

 

 

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