Vier mädchen その31


「はっ・・・・・・くしゅん!」「っくしっ!」

くしゃみで目が覚めるなんて、16年生きて来て初めての経験だった。
こんなにはっきり意識が覚醒するんだ、なんて思ったのも束の間。
布団の中の甘ったるい温もりが私の意識を再び引きずり込もうと包み込んでくる・・・

・・・ん?
・・・って、夏休み2日目だというのに、カーテン越しの朝の日差しだってこんなに暖かいのに、どうしてここは
こんなに寒い訳!?

異常な事態が起きているのではないかと感じた私は勢いよく布団を跳ね除けてベッドから出て、昨夜床に脱ぎ
散らかした服を拾い、状況を把握しようとする。

あ。
なんだ、エアコンのオフタイマーが機能してなくて点きっ放しになってるじゃん。
昨夜からずっと運転しているなら、寒くなるに決まっている。
私は部屋の中央のテーブルに置いてあるリモコンの停止ボタンを押した。
エアコンはピーと甲高い音で私におやすみを告げると、夜通しの仕事の疲れを癒すかのように眠りについた。

「うぅ、みのちゃん・・・寒い〜。」
背後で、私が大きく開いた布団の温かさを取り戻そうと、もそもそする音に混じって不満げな声が上がった。
・・・そう、この状況を作り出した張本人、今の私と同じく裸のかすみだ。

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「みのちゃん、明日みのちゃんちにお泊り行ってもいい?」
そんな話を切り出されたのは、湯島生徒会長のお誕生日会が終わって学校を出た時だった。
私を見上げる瞳は午後の日差しを受ける輝きに満ち、それを湛えるに相応しい笑顔を備えていた。
「夏休み初日から? かすみん、飛ばし過ぎじゃない?」
嫌な訳じゃないけど、かすみのアタックにちょっと腰が引けた返事を返してしまった。

「なんで? 会わないとみのちゃんケツボーソー・・・ケチュビョーショー・・・欠、乏、症になっちゃうじゃん。」
難しい言葉を使おうとした為か、噛み倒すかすみ。
・・・・・・かわいいなぁ。

私がかすみの仕草に対して思わず浮かべてしまったニヤニヤを見咎めたのか、複雑な表情が返って来た。
「欠乏症って・・・ じゃぁ、親には頼んでみるよ。」
それを誤魔化すように前向きな返事をすれば、かすみの表情は一転して明るくなる。
「うん。 おねがーい。 ・・・えへへ。楽しみ〜!」

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そんな一昨日のやり取りを思い返しながら、私は今しがた拾い上げた服を素早く身に着けて行く。
幸い、ウチは両親共働きの為、平日の今日は二人きり。
かすみは何度かウチに泊りに来ているけど、昨夜は久しぶりに両親も含め4人で食卓を囲んだ。
人懐っこい性格ゆえか、かすみはウチの両親にかなり気に入られているみたい。

『うちの娘になっちゃえばいいのに。』なんて母さんは言ってたけど。
『みのちゃんと結婚したらなれますよー。』っていう返しはどうかと思うよ、かすみ。
しかし『あはは。そーよねー。そうしてそうして。』と平然と言える母さんも母さんだ。
まったく、二人ともどこからどこまでが冗談か分からなくて怖い。

それにしても二人同時に、しかも寝てたのにくしゃみだなんて、本当に風邪でも引いたんじゃないかなぁ。
・・・それとも、誰かが私達の噂でもしたかな?
ちらりと布団に包まってこちらに背を向けてしまったかすみを見遣る。

・・・あー、ないない。
噂される理由なんて無いしね。
という事は、マジで風邪?
参ったなー、なんて頭を掻きながら、私は絶賛ぬくぬく中のかすみを尻目に部屋を出てキッチンを目指す。

部屋を一歩出ると夏本来の気温がじわりと襲い掛かって来て、私は一瞬眉を顰めてしまう。

テーブルには見慣れた母さんの字で書置きがあって、冷蔵庫にブランチを作り置きしてくれてるとの事。
私一人で家にいる時にはほったらかしなのに、客人がいるからか、それがかすみだからか、大サービスだ。

ティファールの瞬間湯沸かしポットに水を入れて電源を入れた私は、書置きに従い冷蔵庫を開ける。
目線の位置に、フレンチトーストが乗ったお皿が二つとサラダボウルが二つ。
何も考えず、取り出したフレンチトーストを電子レンジに入れてピッと自動温め。

・・・もし、私とかすみが結婚したら、って、まぁ、不可能な話だけど、もしそうなったら。
朝食を作るのはどっちの役目なのかな。
二人共働いてたりしたら、余裕のある方がやるんだよね、きっと。
かすみは、かすみのお父さん直伝の料理の腕があるからいいけど、私は料理なんてからっきし。
洗濯は? 掃除は? ここがマンションだからってゴミ出しもあるよね?

両手にサラダボウルを持ったままぼーっと考えに浸っていたら、電子レンジからお呼びがかかった。
な、何考えてるんだろう、私・・・

ハッとなって両手のそれをテーブルに置いて小走りで電子レンジを開けると、甘い香りが湯気となって立ち上る
フレンチトーストが早く出してくれとおかんむり。
はいはいとそれらを諌めながら、引き出しからフォークを2本取って一緒に食卓へと運ぶ。
お湯が沸いたポットに紅茶のティーパックを放り込んで準備は完了。

ダイニングのカーテンを一気に引き開ければ、清々しいというよりは少々きつめの日差しが降り注ぐ。
今日はこれから、かすみと一緒にどうしようかな。
夏休み二日目の朝を、共に迎えた気恥ずかしさと嬉しさを胸に、私はお寝坊さんを起こす為に部屋へと戻る。

さーて、どうやって起こしてくれようか!


fin

 

 

 

 

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