駅前の8の字バスロータリーは会社帰りの大人たちが溢れていて、忙しない空気に満ちている。
手をつなぐ私たちを誰も気にした様子は無い。
そう、世の中は意外と見てるようで見ていない。
見ているとしても、見てみぬ振り。
「沙織?どうしたの?」
冷たい現代という舞台の雰囲気に酔いしれていると、あなたは不審そうな顔で私を覗き込む。
「あ、い、いえ、なんでもな・・・」
「あれ?瀬戸と三河じゃん。」
思わず手を離してしまって、すれ違ったその声にはっと振り返る。
「え、えと・・・」
とても聞き覚えのある声なのに、そこに立っているのは見たこともない人・・・のような気がする。
目元のインパクトが強いメイクに、白いピタT、ベルボトムジーンズには太い飾りベルトで足元はミュール。
こんな服装をする知り合いなんて、私のアドレス帳にはいなかった気がするけど・・・
「えぇっ!もしかして、村沢先輩!?」
頭に?マークを浮かべた私とは違い、あなたはすぐその正体に気づいたみたい。
「そうそう。さすが瀬戸。誰だか判らないって言われなくてよかったよ。」
ぐさりと鋭い一言。
「こんなところに遊びに来るんだ。何してたの?」
私たち卓球部の副部長、村沢先輩は練習熱心で熱血な頼れる先輩。
そのイメージとはとてもかけ離れた私服に面食らってしまう。
「今日は、映画観たいから付いて来てって沙織に言われまして。」
「あー、わかるわかる。映画館って入りづらいよね。」
そーゆー理由じゃありません。
勝手に勘違いしてくれて助かるけどねと、心の中で舌を出す。
「そういう先輩こそ、こんな時間からどこかお出掛けですか?」
ナイス反撃!
今の私たちを邪魔しようとするヤツなんか、たとえ先輩でも追っ払ってよ!
「夏休みの間だけバイト。夜シフトで入ってるからこの時間でさ。」
「夜働いてるんですか。大変ですね。お疲れ様です。」
こんなところでも気遣いが出来るあなたの優しさが誇らしい反面、なんだかもやもやしたものが
私の中に沸き起こる。
「うん。じゃ、行くから。気をつけて帰りなね。」
「はい。バイト頑張ってください。」
小さく手を振るへのへのもへじに、あなたと私は小さく頭を下げる。
「びっくりしたねー。学校以外で会うの初めてだったから、最初わかんなかったよ。」
楽しそうに笑うあなたを少しでも早く取り返したくて、離れた手をつなぎ直す。
「そうだね。私は、薫が名前言うまでわかんなかった。」
「あはは。あんなにメイクしてたら、普段と全然印象違うもんね。」
思い出したように駅へと歩き出すあなたとつないだ手を、歩き出さない私の足が引き止める。
「私も、メイクとかした方がいいかな?」
振り返ったあなたを見つめて、私は何を期待して言ったの?